覚悟
土日、だけじゃないのだろうけど、朝夕の情報番組とかワイドショーとか観てると、1週間の出来事とか纏めてやっていて、芸能人やら政界人が槍玉に挙げられてる姿が毎度のように映し出されます。

ああいうのを観てると、あの人達も大変だなぁと、いつも思います。
いや、勿論“ああいう場”に立たされる事には、それなりの理由もある訳だし、責任もあるだろうから、別に擁護するつもりはないし、同情というのとも少し違う。

ただ、ともかく自分だったら多分耐えられないだろうなぁと・・・(^^;



マスコミは対象者にマイクを向け、ぶしつけで無礼で失礼で非礼な物言いをぶつける事そのものが“飯の種”な訳だから、見てて非常に不快には思うけれど、それ自体を責める事も、筋が違う気がする。

マスコミが無礼を働くのが仕事なら、それが嘘であろうと真実であろうと、それに対して表情を変えずに、かわしてしまう事もあれば、真摯に受け答えするように見せて共感を買おうとするのは、芸能人や政治家さんの仕事でもあるだろう。

例えば政治の世界、特に“一番偉い人”などは、今の情勢では何をどう言っても、どう受け答えても、全てに対し反感を買い、揚げ足をとられ、責任のみを追求される。
そこに民意や世論というキーワードが加われば、尚更それは強い力を持って、もしかしたら真意や真実が却って見えなくなってしまうかも知れない。

例えば芸能人やスポーツ選手とかなら、記者会見でどれだけ真摯な態度で臨んだとしても、どの道演技だ、売名だと言われてしまう。
それが本当に演技で、心で舌を出していたとしても、逆に反感を買う態度に出て、マスコミやメディア、一般から叩きまくられているけど、実は本心では本当に反省していたのだとしても、それは決して伝わる事も、理解される事もない。

真実がどうであれ、とにかく誰かを叩き、徹底的に潰そうとする、それが今の日本の社会の嫌な風潮でもある。

私ら一般人、特にネット住民なんかも、様々なメディアを使って、無責任で非常識な言葉をネット上に垂れ流し、対岸の火事に石を投げまくる。
しかも、その石が投げた側から自分に投げ返される事が、決してない事を承知の上でやってるのだから、ある意味最も悪質だろう。

投げられる側は、ただ黙ってその石を受け止め、血を流しながら、感情を殺して用意された“セリフ”を話すだけだ。

それでは納得できないという気持は、私も一般人の立ち場だから分かるんだけど、自分が望むような答えや、態度が向こうからは決して出てこない事も、またそうする意外に“あの人達”には選択肢が無い事も、本当はみんな分かってるはずだ。

分かった上でやってるんだから、どっちがタチが悪いんだか・・・(^^;

別に私は因果応報論者ではないけれど、他者に行なった行為は自分に返ってくるって事は、確かにあると思う。

もし自分が、例え有名人とかでなくとも、自分から投げ返す事が許されない石を、周りから投げられる立ち場になったら、どうだろう?
自分に非があろうがなかろうが、関係なく他人からの悪意に曝され、誹謗の渦に曝され、呑み込まれる立ち場になったとしたら・・・

自分はその投げられた石を受け止め、血を流しながら感情を封じ、耐え続ける事ができるだろうか?

自分自身に、そういう“覚悟”がなければ、他人に石を投げてはいけないんじゃないかな?

・・・・うん、やっぱ自分にはムリだわ(^^;

石を投げる側にも、投げられる側にも、どっちにもなりたくないなと、頓に思う今日このごろです。
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by yaskazu | 2011-01-30 23:56 | 独り言 | Trackback | Comments(0)
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