CGのアパッチは紙のマットアローの衝撃を再び齎したか
「シン・ゴジラ」を観てきて10日ほど経ちますが、既にネット上ではネタバレも含んだ様々な感想が行き交っていて、飽和状態になっております(^^;

自分も、特撮オタクの端くれとしては、何かしらの感想を書くべきなんでしょうが、正直なにをどう書いたらいいのか分からない状態。

というのも、この「シン・ゴジラ」は、あまりにも情報量が多すぎて、全体像を語ろうと思えば、細かいディティールにまで話が及ばず、ディティールから語っていくと、全体像に辿り着かないという、なんとも厄介極まりないシロモノで、1シーン、1カットが、もはや変態レベル(褒め言葉(笑))にまで緻密に作り込まれており、少なくとも1度観ただけでは、自分の稚拙な文章力なんかでは、とても纏めきれる自信がありません(^^;

実際この映画、リピーターが続出しているらしく、その度に新しい発見の無限ループが続く、地獄のような状況になっているとか(笑)

ただ、ネタバレなしで観た方が楽しめるのは確かだけど、実際ネタバレと言えるほどのものは(少なくとも自分は)あまり見かけなかったし、あったとしても、それで鑑賞意欲が削がれるほどのものではなく、むしろ興味がそそられるものでした(自分がネタバレOKな体質だからかも知れませんが)

それは前述のように、とにかく情報量が半端ではないため、どんな些細なこともネタバレになってしまうのと同時に、それこそ結末を話してしまうような“大バレ”を書いたとしても(良し悪しも含めて)作品の全てを語りきるに至らず、最終的には「とにかく観ろ!」のひと言に行き着いてしまうからかと思われます。

だからこそ、どう感想を書いていいか分からなくなってしまうのですが・・・(^▽^;

で、色々考えたのですが、細々としたことは、ツイッターの方でボチボチつぶやいてるので、ブログの方では、この「シン・ゴジラ」に対し、自分が何を期待していたのか、それに適った作品になっていたのかというあたりを、ツラツラと記してみたいと思います。



以前も当ブログにて触れていますが、自分がこの「シン・ゴジラ」の最初の一報で、監督が庵野秀明と知ったとき、まっ先に頭に浮かんだのは、監督のアマチュア時代の8ミリ作品、DAICON FILM版の「帰ってきたウルトラマン」の衝撃を超えられるのか、ということでした。

実は、ツイッター上でこれに纏わることに少し触れたとき、ママチュア時代の8ミリ作品を引き合いに出して、比較するのは無理があるというご指摘を、然る方からお受けしました。

もっともだと思うし、否定はしません。

それでも、自分があのDAICON版の「帰ってきたウルトラマン」を初めて観たときの衝撃は忘れられません。

上手く言えませんが、それまでの価値観を覆された、とでも言えばいいでしょうか?

そしてそれは、今でも自分の胸に、ロンギヌスの槍の如く、深く突き刺さって、抜けずにいます。

あれが公開された1983年当時は「宇宙戦艦ヤマト」から始まり「機動戦士ガンダム」を経て「超時空要塞マクロス」に連なるアニメブームのまっただ中で、自分もそちら系の専門学校に通っていた時期。

その頃、日本の特撮と言えば、ウルトラは「80」を、ライダーは「スーパー1」を最後にシリーズが途切れ、戦隊は「ゴーグルV」が奮闘し、「宇宙刑事ギャバン」が、特撮ヒーロー物の新しい可能性を示してはいたものの、総体的には「スターウォーズ」シリーズを代表にするハリウッド映画に席巻されてるような、些か寂しい時代でした。

因みに、新作ゴジラ(いわゆる「84ゴジラ」)の公開を翌年に控えてはいたものの、自分を含め、周りの人間に期待してる者は居なかったように記憶してます(苦笑)

そんな中、友人に誘われて行った上映会で観たのが、「帰ってきたウルトラマン」や「愛国戦隊大日本」を始めとする、DAICON FILMの作品群でした(DAICON3やIVのOPアニメも、ここで初めて観ました)

文字通り、カルチャーショックでした。
「大日本」や「快傑のーてんき」は、違う意味でカルチャーショックでしたが(笑)、「帰ってきたウルトラマン」の衝撃度は、群を抜いていました。

アニメと特撮、ジャンルこそ違えど、当時映像に携わる学校に通い、8ミリフィルムの限界と可能性をある程度理解していたからこそ、その限界と可能性を最大限に生かした“映像センス”に、斜め上からぶん殴られたような気がしました。

殆どが紙製というミニチュアのメカや建物、全員が素人の出演者による学芸会演技、何よりも、ジーパンとジャンパーの“汚い兄ちゃん”(失礼(笑))のウルトラマンが、あの映像の中では、尽くリアルに、かっこよく見えてしまう。

それは、脚本や演出、カメラアングルやカット割り、編集といったテクニックに加え、8ミリフィルムの不鮮明な画質の生む特有の質感が、ある種の生々しい“空気感”を醸し出した結果。

誤解を畏れずにいえば、それらの偶然と必然の産物を、独自のセンスで纏め上げた庵野秀明に、見事に騙された訳ですよ(笑)

でも、特撮は勿論、そもそも映像作品というのは、如何に観客を騙すかが、最も重要な事。

時間や予算はある方がいいに決まってるし、技術は高いに勝るものはない。
スタッフや出演者にも、恵まれるに越したことはない。
そんなのは当たり前のこと。

だから、ハリウッドみたいに予算も時間かけられない、技術も高くない日本の特撮が、本当に面白い作品なんて、作れる訳がないと、そう思っていた当時の自分の固定観念を、このDAICON FILM版の「帰ってきたウルトラマン」は、根底から引っくり返しちゃったんですね(^^;

勿論そこには、アマチュア作品のレベルを超えた、徹底した作り込みや拘りの賜物という前提はあります。

その上で、映像作品に必要なのは、文字通り“センス・オブ・ワンダー”と、面白いものを作ろうという情熱とエネルギーだというのを、改めて思い知らされました。

「帰ってきたウルトラマン」始め、DAICON FILM時代の作品のこの面白さは、庵野さん達スタッフの皆さんが、アマチュアだったからこそ出来た側面はあるだろうけど、それがあったからこそ、現在の活躍に繋がってるのでしょう。

いずれにしろDAICON FILM版「帰ってきたウルトラマン」や「愛国戦隊大日本」は、自分や当時のマニア、オタク達だけでなく、当時の特撮業界にも少なからず刺激を与えたようで、東映や円谷プロが、参考にしたいと申し出てきたなんて話まであります(真偽は定かではありませんが(^^;)

さて「シン・ゴジラ」のことを書く筈が、DAICON FILM版「帰ってきたウルトラマン」のことばかり書いてしまいましたが、ここからが本題(長いよ!)

時は流れ、現在の日本の特撮界はどうなっているか。

ウルトラも、ライダーも、戦隊も、毎年新作が作られつづけ、その劇場版や派生作品も安定的に公開され、一見潤っているように見えるけど、それはスポンサーの1年間の商品展開に沿った作品作りを前提に成立していて、あまり作り手側主体とは言い難いし、本当の意味でファンが求めてるものが、なかなか作られ難い状況に思えます。

とは言え、そのスポンサーとの関係がなければ、作品作りそのものが厳しいのが現実だし、それ以外の・・・例えば、放送コードとか自主規制とか、或いは一部の視聴者からの苦情といった、数々の制約の中で、可能な限りいい作品を作ろうと、日夜切磋琢磨している作り手側の熱意や努力には、心から敬意を払っています。

だからこそ、今のこの“微妙なバランス”の上に成り立ってる日本の特撮界は、1983年頃とは違う意味で、結構危機的な状態にあるように、自分には思えてしまいます。

そんな中で、日本の特撮界や特撮ファンに、衝撃を与えるハリウッド映画が、立て続けに公開されました。

「パシフィック・リム」と、ギャレス版の「GODZILLA」が、それ。

「スパイダーマン」「アイアンマン」に「アベンジャーズ」等、自国のヒーローを題材にしている分には、どれだけ凄いものを作られても”あちらはあちら”と、比較的冷静に観てられたのですが、「パシ・リム」と「ギャレゴジ」の2本はちょっと穏やかでは居られませんでした。

「パシフィック・リム」は、巨大ロボットと怪獣という、日本の“お家芸”とも言える2つのコンテンツが、大バトルを繰り広げると言う、“凄いおバカな内容の映画”なのに、ハリウッドが予算も時間もかけ、最新のCGを駆使して、真剣に作ったら、これがもう、とんでもなく面白いものに仕上がってしまい、驚きを通り越して、呆れてしまいました(^^:

そして「FINAL WARS」以降、長年製作が途絶えていた「ゴジラ」を、本家の日本を差し置いて、満を持すように作られた、ハリウッド2作目のゴジラ映画の、ギャレス版「GODZILLA」は、日本のゴジラの本質をしっかりとリスペクトした“怪獣映画”であり“ゴジラ映画”以外の何者でもなく、アメリカ人の方がゴジラのことを“分かってる”という事実に、愕然としました。

この2本の映画、両方とも本来日本のコンテンツであったものを、ハリウッドに“かっさらわれて”しまったことも悔しかったけど、一番腹立たしかったかのは、これを観た時に、素直に面白いと感じて、心底楽しんでしまってた自分自身でした(笑)

これらを観た後、正直もう日本の特撮は、どうあがいてもハリウッドには太刀打ちできない、お手上げだと、少し絶望に近いものを感じていたところに、なんと、ギャレス版「GODZILLA」のヒットを受け、本家日本でもゴジラ映画の新作の製作が決定したとの一報。

正直、嬉しいというよりは、本気なのか?、大丈夫なのか?・・・って不安の方が強かったです。

でも、もし本当に、新しい国産のゴジラ映画を作るなら、ハリウッドのあの圧倒的なレベルのCGに対抗するには、本来の日本のお家芸である“着ぐるみ”と“ミニチュア”に“吊り”や“爆破”といった、アナログに特化した特撮を、とことん突き詰める以外ないんじゃないかと、当時は思っていました。

実際その頃は、ミニチュア特撮の素晴らしさを見直そうという意図で、各地で開催された「特撮博物館」と、その中で上映された、ミニチュア特撮を中心に製作された短編「巨神兵東京に現わる」が注目されていて、そういう“流れ”になっていた気がします。

その“流れ”自体は、むしろ近年の「X」や「オーブ」等の、新作「ウルトラマン」に反映され、かなりいい感じに成果を上げていると思いますが、それを語りだすと、ただでさえ長い話が更に長くなるので、今回は横に置いておいて(笑)

その「特撮博物館」と「巨神兵東京に現わる」の中心人物である、庵野秀明と樋口真司が、今度の新作「ゴジラ」の総監督と特撮監督に決まった時は、自分の中では、かなり色めき立ちました。

まさしく、あのDAICON版の「帰ってきたウルトラマン」の衝撃を、今度は商業作品、それも「ゴジラ」で、再び齎してくれるのではないかと、期待せずにいられませんでした。

そして、いよいよそれは公開された訳ですが・・・

いや・・・素晴らしかったです!(^^)
「帰ってきたウルトラマン」とは、別の方向から、思いっきりぶん殴られました。

公開直後、世間の評判があまりにも良すぎて、逆に懐疑的になってたんですが、実際自分の目で観てみて、納得しました。
自分や、自分らみたいなオタク層、マニア層だけでなく、あれを観た観客の大半が、庵野秀明に、斜め上からぶん殴られたんだなぁと。

「アオイホノオ」の作者で、庵野監督の同期生である島本和彦が、この映画観て
「やりやがったな、庵野!」って叫んだってのは、ホント凄くよく分かります(笑)

実際公開された「シン・ゴジラ」は、自分が思っていたような、ミニチュアや着ぐるみの特撮ではなく、殆どがCGで作られたものでしたが、逆にそこが凄いのですよ。

だって、あのギャレス「GODZILLA」に対して、同じCGで真っ向勝負かけたんですよ!?

自分は、日本のCGは、技術やセンスの点でいえば、決してハリウッドにひけを取らないレベルを持っていると思っていますが、比較されると見劣りを感じてしまうのは、何故か?

ハリウッドにあって、日本に圧倒的に足りていないのは、CGに限ったことではなく、映画製作そのもにかける時間と費用を惜しまない体質と、それを育んできた土壌です。

しかし、そういう体質や土壌というのは、お国柄の違いも大きく関係してくる分、変えようにも変えられない部分で、それ故に、技術者もクリエイターも、本当の実力を発揮できる場に恵まれないのだと思います。

無いものや出来ないことを望んでもしかたないけど、ならば今あるものや出来ることを、最大限にやればいい。
言うのは簡単だけど、そう簡単にはいかないのが世の常。

でも、それをやってしまったのが「シン・ゴジラ」という作品なんですね。

勿論、他の作品や、それに関わるスタッフも、須らくそういう意識を持って挑んでると思いますが、「シン・ゴジラ」のそれは、レベルが違っていました。

限られた条件の中、CGもミニチュアも、可能な限り徹底的に作りこんで、それでも限界がある部分は、演出や構成、編集で補って、ハリウッドのCG上等な映像と比較しても、全く遜色無いもの仕上がっていました。

ゴジラに攻撃をかける自衛隊のアパッチヘリや10式戦車は、言われなければCGだと気づかないし、それは単にCGの完成度が高いからだけでなく、演出や構成、編集といったものの、卓越したセンスの賜物。

まさしく、1983年のDAICON版「帰ってきたウルトラマン」の、紙で作られたマットアローが、画面の中では、実在するメカに見えてしまった衝撃の、再来でした。

他にも、例えば“主役”である“ゴジラ”自体(第4形態)のCGも、ハリウッド版の生物感溢れるものに対し、むしろ“着ぐるみ”に近いイメージに敢えて仕上げたそうで、その辺りにも、監督のゴジラや怪獣に対しての、強い“拘り”を感じます。

今回は、特撮シーンに限定してこの記事を書いてますが、映画全編の大半を占める“本編部分”にも、この徹底した拘り、作り込み、演出や編集等のテクニックは如何なく発揮されていて、そちらの方も語りたいことは山ほどあるのですが、そうするといつまで経っても終わらないので、それはまた機会があればということで(^^;

そうやって、特撮、本編共に、徹底した作り込みと拘りで、とんでもない情報量の塊になったこの映画ですが、一説ではギャレス版「GODZILLA」の、1/10程度の予算で作られたとのこと。

ここでもまた、1983年同様、面白い作品を作るのには、予算や時間も勿論必要だけど、それ以上に大切なのは、センスと情熱、エネルギーだということを、改めて思い知らされました。

更に今回は、体質や土壌といった根本的なものすら、その気になれば乗り越えられるってことも、学ばせてもらった気がします。

さて、長々と駄文を書き連ねてしまいましたが、自分がこの「シン・ゴジラ」に対して求めていたもの、期待していたものには、十分に適った上に、お釣りがくるものでした。

満足しています!

しかし、あの時胸に刺さったロンギヌスの槍は、抜けるどころかもう1本、新たに刺さってしまった気もしていますが・・・(^^;

出来ればまた観に行きたいのですが、都合がつきそうにないので、DVDやBD化された際は、じっくりと鑑賞しなおしたいと思います。

シン・ゴジラはいいぞ!

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by yaskazu | 2016-08-25 20:51 | 特撮 | Trackback | Comments(0)
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