人造人間再起動・4
「キカイダーREBOOT」の感想・・・なんですが、チンタラとやってる間に、なんと大半の劇場での公開が終了してしまったという・・・(^^;

とは言え、一部の劇場では、まだムーブオーバーの所もあるよう(27日までだけど!(^^;)だし、おそらく近いうちにDVDも出るでしょうから、未見の方は是非その目でご覧になっていただきたい。

最初の感想にも記したように、この「キカイダーREBOOT」は、日本の特撮ヒーロー物というジャンルの、今後の指針になる要素を、多分に秘めた作品です。

自分みたいな、オリジナルの「人造人間キカイダー」の、原体験世代も勿論ですが、むしろ現役の若い特撮ファンや、特撮も含めた、将来の進路として“映像の世界”を目指そうとする人達にこそ、是非観ておいてほしい一作です。

という訳で「キカイダーREBOOT」の感想4回目。
今回は、最大のクライマックスである“キカイダーとハカイダーの最終決戦”を中心に、書いていきたいと思います。

では、本題。



先ずビジュアル面から。

クライマックスのキカイダーとハカイダーのバトルは、特撮や合成にCG等は、絵面的なエフェクトや、演出の補佐的なものに留まっているようで、基本的には“肉弾戦”が主体になっています。

現在のアクション物の主流とも言える“ワイヤーアクション”なども、あくまで“肉弾戦”を“魅せる”ための、手段として用いられているといった印象。

ロボット同士で“肉弾戦”というのも変かも知れませんが、人間と同等の大きさと質量で、強大な破壊力を持つ“機械の塊”同士が、全力で格闘を繰り広げればどうなるかといったものをシミュレーションして、表現として選んだ結果が“肉弾戦”だったのでしょう。

それも様式的なものではなく、TVシリーズのような「大車輪投げ」も「ダブルチョップ」も、「地獄五段返し」も「ギロチン落とし」もない、真っ向からの格闘戦。
ハカイダーショット以外は武器類もなく、そのハカイダーショットすらも、それ自体が雌雄を決するような“必殺武器”ではありません。

逼迫した実力で、互角の戦いを繰り広げる中、最終的には果てしない“どつきあい”になっていきます。

言わば、ヒーロー物の“お約束”的な表現としての、バトルやアクションとは一線を画し、更には“必殺技”の齎すカタルシスすら、意図的に排除されています(“デンジエンド”に該当するものはあるけど、それは後述)

故に、スーパーヒーロータイム等の東映系を中心とした、現行の特撮作品や、かつての70~80年代の特撮作品に慣れ親しんだ層に、“様式美”としての“ヒーローアクション”を期待した人達には、不評や不満を買ったところもあり、そこを批判する向きもあるようです。

しかし、そういった“お約束”的なヒーローアクションやバトルは、この作品の世界観にはおそらく“そぐわない”だろうし、ストーリー全体の“流れ”の中で、演出的にも、視覚的にも、非常によく計算され、仕上げられたこのラストバトルは、正にクライマックスを飾るに相応しいものになっていると思います。

その両者の最終決戦、キカイダーとハカイダーという、一見相反する存在は、実はある意味“同一”の存在でもあることを、そしてそれは、“正義と悪”“人間と機械”“完全と不完全”といった、「キカイダー」の本質的なテーマを、内包したものになってる気がします。

以前のエントリーで触れたように、良心回路の弊害でマリに敗れ、ミツコとマサルを攫われてしまったジローは、伴大介氏演じる“前野究次郎”との出会いを経て、本田博太郎演ずる怪しい機械屋“本田宗五郎”と、当初から事件を追い、ミツコ達に関わっていたフリーライター、原田龍二演ずる“服部半平”によって、宗五郎の店に匿われ、修理を受けたあと、ここで暮らしてます(この“ハンペン”と“怪しい機械屋”が、物凄くいい味出してるんですが、それについてはまた改めて)

攫われたミツコとマサルは、マサルの身体に隠された"DRAKプロジェクト”の重要データが記されたチップを取り出された後、2人とも無事解放され、何事もなかったように、平穏な元の生活に戻されることになり、その結果、光明寺博士がジローに託した“2人を守る”というプログラムは、事実上意味を成さなくなります。

この頃、活動を始めたばかりのハカイダーとの最初の接触があり、その時のジローは、頭部にあるのが“人間の脳”であることを認識し、良心回路の“人間とは戦えない”という判断により、戦いを中断しています。

その後、命令を無視し、勝手な破壊活動を始めたハカイダーの姿をニュース映像で見たジローの中に、“ヤツ”を止めなければならないという、使命感が芽生えます。

「機械の暴走は、機械が止める」
それは、プログラムされた使命を越えた、ジロー自身の“意思”。

そして
「大切な人達を守りたい」
という思いは、プログラムを越えた、ジロー自身の“心”でした

その“意思”や“心”は、ミツコやマサル、究次郎、半平や宗五郎といった、人々との出会いが、ジローに齎したものなのかも知れません。

一方のハカイダーは、生きた人間の脳を宿しながら、手に入れた強大な力に酔い、実は戦闘回路の影響で沸き上がってるに過ぎない“破壊衝動”に身を任せている。

意思や心を持つことで、ジローは“人間”に近づいた・・・
“機械”になることで、ギルバート神崎は、心や意思を失ってしまった・・・

そんな両者の戦いは、相反しながらも、表裏一体の存在同士の戦いでもある。

だからこそ、前半でしっとりと描かれたジロー達の描写に対し、ギルバート神崎や、"DARK側”の描写が、些か大味だったのが、少々悔やまれます。

それと、光明寺博士の、ギルとは違う意味での“マッドサイエンティスト”ぶりも、もう少し描けてれば、良かったんですけどね。

キカイダーの左右アンバランスな理由が、TVシリーズやコミックのように、不完全な良心回路の影響ではなく、また小説版のように、元々別々だったの2体のロボットを、真ん中から2つに割って1体化し、そのバランスを保つのが良心回路(これも相当“狂ってる”けど(^^;)というものでもない。

アンドロイドは、元々悪にも正義もなる“不完全な存在”という自らの”理念”を反映させたのが、キカイダーの青と赤であり、左右非対称なボディ。
言わば光明寺博士は、意図的にあの姿に作った訳ですが、そこにはある種の“狂気”を感じてしまいます。

マサルくんの体内にチップを埋め込むのは、旧TVシリーズで、プロフェッサーギルが、実子であるアキラくんやヒロシくんにしたことと同じで、それを今作では光明寺博士が行ったということには、スタッフの何かしらの“意図”を感じます。

この辺りの、光明寺もギルも、実は表裏一体かもしれないという部分を、もう少し踏み込んで描けてれば、このラストバトルも、もっと意味深いものになったと思うんですけどね。

ちょっと話が横道に逸れました・・・(^^;

アメリカ留学へ向かう途中だったミツコは、ジローが、ハカイダーを止めるための戦いに挑んだことを、半平とマサルから知らされ、悩んだ末にジローの元へ、半平と共に向かいます。

ミツコ達に見守られながら、ハカイダーとの壮絶な戦いを繰り広げるキカイダー。
しかし、ここでも良心回路の影響で、全力で戦うことが出来ず、苦戦を強いられます。

更に、ハカイダーの左指に仕込まれた“超音波発生装置”(ギルの笛!)により、キカイダーは良心回路に誤作動を起こし、ミツコ達を襲おうとします。

「DARKに生まれし者は、DARKに帰れ・・・」

おお、ここでそのセリフ持ってくるか!

その時キカイダーの、ジローのとった行動は、なんと自ら“良心回路”を停止さること・・・

それは“悪の心”に負けてはいけないという思いから・・・
ミツコ達を守りたいと言う思いから・・・
不完全な良心回路がそれを妨げるなら、自分の“心”でもある良心回路を封印し、敢えて完全な“機械”として戦おう・・・

プログラムでもなく、まして良心回路の導きでもない、自分の“意志”でその判断を下したジローは、もはや“心”を持った、人間と同じ存在になったと言えるかもしれません。

「大切なものを守るため、何かを捨てなければならない」

前野究次郎の言葉が、ここで意味を持ってくるわけです。

人間に憧れ、人間を守るため、人間の“ふり”をするのではなく、敢えて“機械”として戦う決意をするというのは、キカイダーのテーマを更に追求した「ロボット刑事」の、石ノ森コミック版での、クライマックスにおける“K”を連想したのですが、ここもスタッフは意識したのでしょうか?

そして、TVシリーズの最終回、機械であるはずのジローが、不完全な良心回路に負けない“精神力”を身につけたいと言ったのことへの、ひとつの回答なのかもしれないなとも・・・

“機械”として戦うことで“人間”になったキカイダー。
“人間”を宿したことで“機械”になってしまったハカイダー。

両者の戦いは、更に熾烈を極めていきます。

良心回路という“リミッター”を無効化したことで、秘められた戦闘能力を全開放させたキカイダーと、戦闘回路の導くまま、際限なき破壊力を爆発させるハカイダー。
2者の戦いは決着がつかないまま、やがて果てしない“打撃戦”に突入します。

守るための拳と、壊すための拳。
優しい心を封印し、涙を秘めて放つ拳と、邪悪な破壊衝動のまま、笑いながら放つ拳。

この2者の、無益で無情な“殴り合い”の構図は、「仮面ライダークウガ」における、クウガとダグバの最終対決に通じるものを感じるのですが、ここは同じように感じた人も、結構おられたようですね。

互いにダメージを広げながら、いつ終わるとも分からない殴打戦が続く中、キカイダーに起きる異変。
内部メカを中心に、激しく電流が走り出し、やがてそれが全身を包み込んでゆく(文字通り、電流火花が身体を走る)

キカイダーは、そのままハカイダーの両腕を掴み、その電流を注ぎ込んでゆく。
互いに顔を間近に睨み合う両者。
次第に白い光に包まれてゆき、やがてハカイダーの頭部の、ギルの脳が蒸発・・・

そしてそれが、臨界点に達した時・・・

技名こそ叫ばなかったものの、正しく“デンジエンド”
それも、自らの身をを引き換えに、確実に相手を仕留める、文字通りの“THE END”技。

実際の映像だけだと、単純に“自爆技”に見えてしまうんですが、パンフレットの解説によると、限界を越えた大きなダメージを受けた時に発動する“自己犠牲機能”が働いた結果のようで、ジローもこうなることを認識していた様子。

それでもなお、“大切なものを守りたい”という、プログラムされたものではない、ジローの“意思”は揺るがなかった。
この時ジローは、ある意味人間を“越えた”のかも知れません。

エネルギーを使い果たし、修復不能と思われるほど、ボロボロになってしまったキカイダー・・・ジローは、ミツコの膝に抱かれながら、静かに機能を停止します。

自分の夢や、進むべき道を決められずにいたミツコは、この時ハッキリと決意します。

父、光明寺博士と同じ、ロボット工学を目指すことを。
そしていつの日か、自分の手で、必ずジローを蘇らせることを・・・

家庭を顧みなかった父親への愛憎。

その父が、彼女が子供の頃に、唯一プレゼントしてくれた小さなロボットを、最初は拒否しつつ、いつしか大事な“友達”になっていったこと。

その“友達”が、悪ガキ達に壊され、自分ではどうすることにも出来ずに、ただ泣いていたこと。

現実の男に興味が持てず、恋愛コミックやアニメにハマってた中、出会ったジローに対して抱いた(おそらく父への思慕も根底にある)疑似恋愛的感情。

それら、物語の中で描かれてきたミツコの、全てが集約されたこのラストシーンは実に秀逸で、物語を締め括るのに、相応しいものになっていると思います。

本筋の物語は、一応ここで終了しますが、DARK自体はまだ存在してる(てか、ハカイダーが倒されただけだし(^^;)し、マリもまだ生きている。

マサルから取り出されたチップの内容も、結局はよく分からないままだし、本当に元ネタがアキラとヒロシのアレだったといたら、やっぱ“巨大な遮光器土偶”とか、出てくるのかなって、思っちゃいますよ(笑)

何より、あのガラスケースの中にあった“脳”は誰のものなのか。
あれがあるということは、“主”を換えて、また“ヤツ”も出てくるんだろうか、とか・・・(オリジナルとは逆パターンで、今度は口笛吹いた人間体持ってるとか)

色々と“思わせぶり”な要素を残したままなので、ここはファンみんなで応援して、是非“次”に繋げてほしいなと思ってます。

ということで、ダラダラ書いてきた「キカイダーREBOOT」の感想は、一区切り・・・

しようと思ったんですが、まだ書き漏らしたことや、キャラクターひとりひとりについても、もう少しだけ記しておきたいこともあるので、折々それらも書いていきたいと思います。

その時は、またよろしくお願いいたします(^^)

【チラシ付映画パンフレット】 『キカイダー REBOOT(通常版)』 出演:入江甚儀.佐津川愛美.高橋メアリージュン

東映



劇場版「キカイダー REBOOT」オリジナルサウンドトラック

音楽:吉川清之 / 日本コロムビア


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by yaskazu | 2014-06-25 22:01 | 特撮 | Trackback | Comments(0)
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