テレビを観ない日
東北の震災から1年ということで、今日はどの局もほとんど1日中震災特番に終始してましたが、阪神大震災当時の、特に東京発のそのテの番組の経験から、どんな内容のものになるか概ね見当がついたため、今日は朝洗濯を済ませた後、スーパーヒーロータイムを録画で観て以降は、テレビも観なければ、ネット上の状況も予見できたので、精神衛生上よろしくないと思い、これも見ませんでした。

夕方、いつもはBGV代わりに流してるだけの「ガンダムAGE」を観ようとテレビつけたら、案の定震災関係の番組は、どこか興味本位で日和見的で、余計な不安や偏った思考を煽るようなものが多く、僅かの時間だけでも気分が悪くなっちゃいました(^^;

「ガンダムAGE」が救いに思えたことは、今日が初めてだったりして(笑)

結局、絆とは単なる上っ面のキーワードに過ぎない、所詮は他人事に思ってるって事なんじゃないか・・・とまで言ってはさすがに言い過ぎかもしれませんが、そんな風に感じてしまったのも、確かです。



例えば、演出やBGM、ナレーション等は最低限に抑え、ただ当時の記録映像を淡々と映すようなものは、意外と説得力もあるし、胸に重く響いてくるのですが、これが・・・特に民放の番組に多く見られるような、キャラの濃いキャスターやコメンテーター、或いはタレントといった類の人間が、目ん玉ひん剥いて重苦しい口調で話しだした時、途端にそれは説得力を失い、虚構の世界になるような感覚・・・あれは不思議です。

被災者に対する描写もそうで、物悲しいBGMや、涙を誘うようなナレーションを被せてその映像を映し出すことで、逆にそれがテレビの画面の“向こう側”の出来事であり、今現実に自分の住んでる場所と地続きの、同じ日本で起きてる出来事なんだって感覚を失わせてるように思えてしまうんですよね。

画面の向こう側のあの人達、可哀想だね、大変だね・・・・

でも、その感覚こそが、実は大きな間違いなんじゃないか?

確かに、あの人達は不運だったと思うし、家や、仕事や、学校や、家族や、大切な人を失った方は、心中察するにあまるとは思うけど、でも、決して可哀想な人達じゃない筈、というより、可哀想って感じた時点で実は対岸の火事で焼けだされた人を、上から目線で見てるってことに、気づいてる人が少ない。

テレビに映し出されるあの人達の現状は、放送時間が過ぎてしまえば、見てる人間にとってはそこで終わりだけど、ご当人達にとっては、今日も、明日も、来年も・・・連綿と続いていく、終わりのない現実であって、それは自分にとっての現実でない以上、決して代われってあげれるものでもなければ、そもそも代わってあげれるもんならって発想自体がおこがましい。

それでも、あの震災でも生きながらえた人達は、そんな自分にとっての現実を生きていかなきゃならないし、実際逞しく生きていこうとしてる人も大勢いる訳ですよ。

自分のおかれた厳しい状況の中でも、寝て、起きて、飯食って、ウンチもオシッコもして、仕事も家事も勉強もして、エッチもするだろうし、テレビ観てバカ笑いもするだろう。
そういう意味では、自分らとなんら変わらない日常を送ってる、同じ日本人、同じ人間なはずでしょ?

そういう人達が、人の力では抗えないような災害に遭って、日々の暮らしに難儀を強いられ、明日の見えない状態に追い込まれてる。
だからこそ、例え僅かでも、何か力になってあげれないかって話じゃないですか?

その辺りの、自分の身に、自分の生活、自分の現実に置き換えて、相手の気持ち、相手の立場に、思いを馳せてみるみるって想像力の決定的な欠落が、口先だけの奇麗事で絆を唱えながら、返す踵で、具体的な自分の意見も持たず、メディアやネットで見聞きしたような、偏った屁理屈を並べて、瓦礫受け入れ反対や、反原発デモに参加して騒ぐような、いわゆる“放射脳”(最近ネットで覚えたこの言葉、正に言い得て妙だ)な人達を生み要因にもなってるんじゃないか?

福島から避難してきた子供が、他の親御さん達の反対で幼稚園の入園を断られたなんて話、本当に悲しくなるを通り越して、敢えて鬼畜、外道と言ってやりたい気分です。

念のために言えば、自分だって原発は無いに越したことはないと思ってるし、放射能だって恐いですよ。
でも、少なくとも今はそれを復興や支援の足枷にしてはいけないと思うし、このままだと本当に東北が復興する前に日本が、国家として終わってしまう。
そっちの方が遥かに恐怖だと、思うんですけどねぇ・・・

それに、今のああいった運動とかは、そういう単純な不安や恐怖そのものではなく、そこにつけ込んだ何らかの“悪意”によって齎されてるように思えてならないんですよね、自分は・・・

自分らにできることなんて、せいぜいコンビニのお釣りの小銭を、レジ横の募金箱に入れる程度で、本当にハナクソにもならないような、みみっちいもんです。
けどそこに、被災地への思いが込もっているかいないかで、その価値は大きく変わってくるはずです。

あと、何よりも自分自身の日々の生活、日々の現実を、真摯に、懸命に送ること。
それこそが、もの凄く遠回しで間接的ではあっても、結果的に復興や支援に繋がっていくと・・・

自分はそう信じています。
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by yaskazu | 2012-03-11 23:54 | 社会 | Trackback | Comments(2)
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Commented by rental-mania32 at 2012-03-12 00:30
結局、見ることもなく終りますた。TVで見たのは「平清盛」のみ。
Yaskazuさんの意見に同意。
Commented by yaskazu at 2012-03-12 20:54
>黒山羊様
自分も結局、特定の震災特番は観ませんでした。
特に民放の番組は、どこかバラエティ的だったり、ワイドショー的だったりで、もっとも肝心な部分、本当に伝えるべきもの、問うべきものを、見誤ってるものが多すぎますからね。

自分などの偏屈な意見に、同意してくださって、感謝です。
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