よいお年・・・
2011年、大晦日。

本来なら、今年あった色んな事を、いい事も悪い事もひっくるめて、区切りの言葉として「よいお年を」と言うべきなんでしょうが・・・

なんか、今年は心の底からこの言葉を言えない・・・言うのを憚れる年になってしまいましたね。



忘れた頃にやってくる・・・・と言うのは、正に今年日本に起きた最大の一大事である“東日本大震災”のような天災のことを指していう言葉ですが、それによって起きてしまった原発事故に対する対応や、あれだけの惨状に対する対策や復興への動きが遅々として進まないのは、もはや人災と言ってもいい、人によって齎されたものではないでしょうか。

確かに、被災地があれだけの広範囲に及び、被災状況があれほど深刻であれば、復興も対策も対応も、並大抵ではないのは私らも理解できるし、モノがモノであるが故、原発事故に対して(実際問題)手も足も出ずに、後手後手になってしまうというのも、100歩譲って好意的に見れば、分からない話じゃない。

でもそれは、政府であったり、国家であったりという、“やるべき人、“やるべきところ”が、そのやるべき事を200%以上振り切って、やっていてこその事。

本来なら、与党だ野党だ、民主だ自民だとかいってる場合じゃない。
そういう枠や、政党同士や政治家同士の意地の張り合い、権威や威厳、全て取っ払って、文字通りひとつになって、真剣に、迅速に、速攻の待ったなしで進めなければ、絶対に解決しない筈。

なのに、そのやるべき事をやらなきゃならない人達が、あの大災害の後にやった事と言ったら、震災前以上の権力争い、利権争い、詰り合い、足の引っ張り合い。

むしろ、震災や原発事故を、政治家達が“利用”して、自分らの身の安泰や私利私欲のみを謀っている印象すらあり、震災前以上に政府に対し、政治に対しての不信感、絶望感が増してしまった感じですね(^^;

ただ、一方で一般人の方にも、ちょっとガッカリした面も幾つかある。
代表的なものは、各地で起きた、震災瓦礫の受け入れ拒否。

勿論、言わんとする気持ちは分からなくはない。
誰だって、危険な可能性のある物など、自分の近くに持ってきてほしくはないですよ。

けど、ならばあれだけの量の瓦礫の処理を、被災地だけに背負わすというのは、あまりにも身勝手な話なんじゃないだろうか?
被災地の人は、望んで被災した訳ではないし、原発事故も、起こそうとして起きた訳ではない。

もし、自分自身が被災者だったら?
自分の家族が、友人が、家が、住み慣れた土地が、学校が、会社が、仕事が・・・・そういう自分にとって“かけがえ”のない多くのものが、自然災害と言う、決して1人の人間の力では抗えない理不尽によって、突如奪われてしまったとしたら・・・・

もし自分が被災者で、自分の壊れた家の、大切な思い出のいっぱい詰まった品々の残骸を、自分だけでどうにもできずに、やむにやまれずよその土地で処理を、断腸の思いで頭を下げてお願いしたのに、それを“ばっちぃから”に近い理由で断られたら、どんな気持ちなのだろうかとか、そういう事に思いを馳せる想像力とか、他者に対する思いやりとか、そういうものはないんでしょうか?

例え直接の被災者でなくても、あの地震も原発事故も、決して他所の土地で起きた事でもなければ、他人の身に起きた事でもない。
日本という、自分達の住む国で、大地で、足元で、起きた事であり、今まで自分達が夢のエネルギーと崇めて、利便性に肖って使ってきた物に起きた事故によって、突きつけられた問題提議なんですよね。

そういう意味では、日本に住む人間全員に起きた災害であり、自分達の責任で起きた事故でもあるんだから、日本人みんなで責任を負う必用があるし、そうしなきゃならない問題でしょう?

自分が被災しなかった、身の回りに命を落とした人や怪我をした人、仕事をなくした人はいなかったって人も、それは“たまたま”だっただけですからね。

よく、こういう事例に対して起きる反対運動とか、市民団体とかの抗議運動では、ふたこと目には「子供の未来」を持ち出すのが、半ば常套手段の要になってます。
保護者としての気持ちを思えば、それも然もあらんとは思うけど、けどそれを“盾”にするような親の行いが、それを見ている当の子供にとって、いい影響を与えるのかってのは、兼ねてから自分は疑問に思ってます。

自分の事しか考えてない・・・って意味においては、そう言う類いの一般市民も、政府の政治家なんかと、目クソ鼻クソにしか、思えないんですよね。
日本人1人1人が、自分の身に起きた事だと考えて、自分にできる事をやっていかなければ、東北の復興も、日本の景気回復も、決してなし得ないと、自分は思います。

果たして来年以降、どうなっていくんでしょうかね?

社会的な事でいえば、大阪ではなんと言ってもW選挙が、一番の大きな話題だったでしょうね。

これに関しては、当ブログでの当該記事で色々書いたんで、改めてどうこう言うのは控えますが、選挙直後から速攻で行動を開始し、既に幾つかカタチにし始めてる、橋下市長や大阪維新の会のこの決断力や行動力、スピード感は、選んだ有権者の方も圧倒されるほどだけど、でもこれこそが日本人が政府や国会議員に対して望んでいる事であり、求めている事なんじゃないでしょうか。

もし、総理や政府が、橋下徹や大阪維新の会くらいの即効力や決断力を、震災の直後に見せていたら・・・
景気回復、社会問題、年金問題、雇用情勢等々、日本が抱えてる無数の諸問題に、彼らくらい“本気”で取り組んでくれていたら、須らくの解決は無理としても、一条の光明くらいは見えるんじゃないだろうか・・・

橋下徹や維新の会が全国から注目を浴びるのは、日本人のそんな気持ちの表れなのかも知れません。
大阪がこれからどうなっていくかは、日本の未来を占うというのは、そういう意味でも確かだと思います。

橋下徹と維新の会に委ねるだけでなく、大阪府民、大阪市民も、そういう自覚を持っていかねばならないでしょうね。

プライベート的な事で言えば、今年はともかく出費が多かったなという印象(^^;

地デジ化に伴いアンテナの設置やHDDブルーレイレコーダーの購入、おかんの部屋のエアコンの買い替え等、とかく家電製品によく金がいりましたね。

他にも、一昨年ヤフオクで落とした大福Macちゃんが、半年保たずに不具合連発しだし、1年半を迎える頃には遂にトラブル対応してる時間の方が長くなるってくらいにまでなり、現在使用中のPowerBookG4を購入する事に・・・

そうこうするうちに、今度は7年間愛用したデジカメが不具合を起こし、修理を検討するも、費用が新品を買うのと同じくらいになるため、結局これも買い替え。

もうこれで終わりだろうと思ったら、今度は自分の部屋で使ってた、韓国製の地デジテレビが、3年目にして、地デジ化移行のこの年にしてぶっ壊れるという、これを泣きっ面に蜂と言わずになんというのか(T▽T)

今年、これらの物に払った金額考えれば・・・・・・・・・・もう、恐ろしくて計算する気にもなりませんorz

あと、今年は地震の影響なのか、世界的な異常気象のせいか、年間通しての変な気候のためなのか、おかんの体調がイマイチだった事、私自身もなんか調子の悪い日が多かった年でもありました。

気候の異常は、持病や障害のある者や、体質的にあまり強くない人間には、想像以上に影響があるのもので、今年はウチがそれがもろに出ちゃった感じ。

来年は、少しは穏やかで正常な天候、気候である事を、切に祈ります。
イヤ、マジで・・・

最後にシュミ的な事。

なんだかんだで、去年以上にブログ上で触れる事が少なくなってしまいましたが、特撮作品は今年はとても豊作だったと言っていいと思います。

その設定から、戦隊版の「ディケイド」みたいだし、キワモノで終るんじゃないかと、正直最初は思った「海賊戦隊ゴーカイジャー」は、予想に反して素晴らしい作品として、完成しつつあります。

いわゆる“レジェンド回”と呼ばれる、旧戦隊のオリジナルのキャラクター、及び演じた役者本人が登場する回は、そのオリジナルの世界観やテーマ、キャラクターをとても尊重していたし、オリジルで描き残した部分にも触れる事で、それを完結する事にも、補完する事にもなっていて、その作品のファンを喜ばせるものが続出しました。
「ジェットマン編」「ハリケンジャー編」辺りは、その最たるものだろうし、「カーレンジャー編」のような“怪作”“迷作”を生み出す事にもなりました(笑)

しかしそれ以上に、主役たる“ゴーカイジャー”の面々自体が、その強烈なキャラクターや、その背景となるドラマをしっかり描く事で、例えレジェンドとしての設定やドラマが無かったとしても、単独の戦隊物としても十分以上に成立する完成度をもっていること、これが「ゴーカイジャー」と言う作品の、最大の魅力でしょうね。

「仮面ライダーOOO」は、文字通り有終の美を飾ったと言っていいでしょう。
映司とアンクの着地点として、あれ以上のものはなかっただろうし、あれほど奇麗に完結した作品は、近年では珍しいかもしれませんね。

その後を受けて始まった「仮面ライダーフォーゼ」は、個人的には今相当“ツボ”に入ってます(^^)
おぢさん的には、ああいう若い子達のはち切れんばかりの“青春物”は、少々“こっぱずかしい”部分もあるんですが、その若いエネルギーで、主題歌の歌詞の如く、果敢にタフにチャレンジして、限界なんてぶっ壊して、大気圏なんて突破するような“勢い”に溢れた作風は、観ていて本当に気持ちいいし、好感が持てます。

弦ちゃんを始めとした“仮面ライダー部”の部員達は勿論、ゲストキャラまでをも含めた登場人物達の、オンリーワンに溢れた個性の塊のようなキャラクターが、物語の中で各々の役割で、無駄なく生かされてる脚本も好感が持てるし、少なくとも観ていて“嫌”な気がする部分が殆ど感じられないのは、とても素敵な事だと思うし、文句なく“好き”といえる作品で、これから中盤以降が、本当に楽しみです♪

「牙狼〜MAKAISENKI〜」は、単純に続編ってだけでなく、旧作のTVシリーズや、2本のスペシャルと劇場版を踏まえた上でのTV新シリーズということで、これまでとはまた若干“肌触り”が違う仕上がりになってるし、新機軸を盛り込みながらも安心して観ていられると言う意味では、実に理想的な続編シリーズと言っていいと思います。

あと、これも実質特撮物の範疇に入れていいと思うので触れておきたいのが「妖怪人間ベム」
これも、主演がジャニーズだったり、“シュン”な子役をベロ役に配したりとかで、昨今流行りの“過去のコミックやアニメの安易な実写化”なキワモノになるだろうと、放送前は散々な言われ様だったし、実際私もそう思ってました。

けど、出来上がった作品は予想を遥かに凌駕するほど完成度が高いものでした。

確かに、オリジナルの持っていた“オドロオドロシさ”とか、モノクロ時代の洋画ホラーのような怪奇色、恐怖色のようなものはなかったかもしれませんが、ストーリー的にも、テーマ的にも、そういうものとは全く違ったアプローチと今風の解釈で、オリジナルの「妖怪人間ベム」のそれを、実に忠実に伝えていたと思うし、ひとつのドラマ作品としても非常によくできていたと思います。

過去のアニメ作品の実写化も、その作り方やアプローチによって、完成度の高い作品として成立してさえいれば、決して闇雲に否定するものでもないってことを、可能性として示したという意味でも、非常に注目すべき作品だったと思います。

さてさて、なんだかとりとめのない事をダラダラと書いてしまいましたが、それも今年はこれにて終了。

来年“こそ”は・・・と、毎年言いつつも中々その“こそ”が来ない訳ですが、そうであるからこそ、今年も言います。

来年“こそ”はいい年でありますように!

皆様、よいお年を!
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by yaskazu | 2011-12-31 21:20 | 日々の戯れ言 | Trackback | Comments(0)
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