新番組とか
10月からの新番組とか、感想とか書きたいと思いつつ既に数話放送済み・・・(^^;

各話を追うのはちょっとしんどいので、取り敢えず幾つかの作品の雑感とか、書いてみたいと思います。



牙狼<GARO>〜MAKAISENKI〜
2本のTVスペシャルや劇場版、小説等を経ての新シリーズですが、個人的にはやっぱり「牙狼」はこの30分1話完結のテレビシリーズってスタイルが一番しっくりとくるし、収まりもよくて楽しめますね(^^)

ビジュアル的には前シーズンよりも進化してるけど、劇場版やスペシャルと比べると、“雨宮慶太色”みたいなものがいい意味でマイルドになっていて、この方が自分的には心地良いです。

いや、別に雨宮慶太が嫌いな訳じゃないんだけど、この人くらい個性強いと、それ一辺倒で攻められると、ある種“食あたり”みたいになる感覚ってありません?(^^;
あの人のカラーは、あれくらいのさじ加減が、ちょうどいい感じではないでしょうか。

ストーリー的には、新キャラ登場、新展開、新たな伏線等と色々ありつつも、劇的鳴り物入りな続編開始っていうのではなく、なんかもう本当に前のシリーズの“続き”が、普通に始まったっていう感じで、自分的には好印象。

鋼牙とカオルの再会も、カオルが成り行きでホラーの巣に紛れ込んじゃうとかは、1作目の2人の出会いと同様のシュチュエーションで、それは多分“狙い”だろから、そこでドラマティックに盛り上がるのかと思いきや、そんな場合じゃないだろうって展開になる辺り、なんか実に“らしくて”いい(笑)

で、実際に再会したあともベタベタするでもなく、互いに会えるときは会えるって感覚で、普通にそこいいて、普通にそこにいない、でもそれが当たり前って感じになってるのは、2人の仲が進展したのかしてないのか、或いはそれが確かな信頼や絆で結ばれた証しなのかとか、そこらは現時点では描かれてないけど、多分この2人はそれでいいんだよってことで、敢えて描かない部分なのかもしれませんね。

とか言いつつ、互いにもう“アラサー”なはずなのに、横並びに並んでそっと指先だけで手ぇ繋いだりとか、まるで中学生カップルみたいな姿は、微笑ましいというよりは、むしろ却って恥ずかしいぞ、見てる方が(笑)

関西では現時点で4話まで放送済みですが、3話のバイクアクション(鋼牙のヘルメットの似合わん事!(笑))とか、井上敏樹脚本による、4話のポーカー話(「俺はそのポーカーとやらを知らん!」と“偉そうに”言い切る鋼牙がツボ(w)とか、前シリーズやSP、劇場版には見られなかった、いい意味で「牙狼」っぽくない新しい要素の入った回もあり、色々と充実したシリーズになりそうで、楽しみです。

そして、赤い仮面の男によって刻まれた“死の刻印”が、鋼牙だけでなく、零にまで齎されてる事。
これが本シリーズの“縦軸”になるのは間違いないだろうから、そこは一番の注目点でしょうね。

相棒ten
今シーズンの一番の大事件は、なんと言っても“花の里”を閉めて、たまきさんがいなくなっちゃった事だよなぁ・・・

ある意味これは「劇場版II」の、官房長の“アレ”よりも衝撃度は大きかったとも言え、この事はもしかしたら右京さん以上に、テレビの前の視聴者をも、精神的に厳しい状態に追い込んじゃう事になっているかも知れませんね。

これまで3話が放送されたシーズン10の特色としては、なんと言うか・・・非常に切ないと言うか、辛いと言うか、重いと言うか、やり切れないんですよね。
そのやり切れなさと言ったら、それこそシーズン9で物議を呼んだ「ボーダーライン」のそれが、毎回継続されているような感覚とでも言いましょうか・・・(^^;

第1話は、サブタイトル通りの“贖罪”がテーマで、しかもそれはこういう刑事物や推理物によくあるような、罪を償う事で救われるというような、生半可な奇麗事ではない。

法律の抜け穴や矛盾を逆手に取る事で、法的裁きからも、償いからも、真実からすら逃れようとする人間達を、彼らとは別の方法で法律を逆手に取り、関わった人間全てに対し法の下での裁きと贖罪を“選ばざるを得ない”までに追い込み、罪を犯した人間は、生涯それを背負って生きて行かねばならないという事実を、ともすれば残酷なまでに突きつける右京さん。

人ひとりの命の奪った罪、冤罪を生んだ罪、自らの保身のために真実を隠蔽しようとした罪、それら全てに対し、杉下右京の正義は決して手を緩める事はありません。

更にその杉下右京の正義は、“相棒”である神戸君にすら、自らへの贖罪と向き合わねばならない事態に追い込みます。

神戸君の罪は、罪と呼べるほどの重大なものではないけれど、それが事件の根幹に関係してる事には違いはなく、神戸君を苦しめるのには十分すぎる、非情なまでに重い意味合いを持っています。

他人の罪を問う側の人間は、そうであるからこそ自らもその贖罪からは逃れられないという、凄まじい結末・・・

更に続く第2話では、そんな贖罪すらも許されないような、被害者家族と加害者家族の、決して救われる事も終る事もない現実が描かれます。

これは「相棒」というシリーズに共通している部分ですが、右京さんが暴く真実というのは、決して関係者達の救いにはなっていなし、場合によってはむしろ被害者すら傷つけ、奈落に貶める事すらある。

それでも右京さんは、事実を全て解き明かす事をやめようとしないし、他の事件物にあるような、被害者の救いになるような行動もとらない。
何故なら、それは刑事の役目ではないと考えてるようだし、もっと言えば他人が関与すべき問題ではないと思ってるから。

今回は“その部分”を補う人物として、ゲストの渡哲也氏演ずる瀬田弁護士な訳ですが、その弁護士ですら、例えば“魂”とか、“心”とか言った部分を救う事は出来ないし、結局向き合うべきはあくまでも当事者でしかないんですよね。

被害者家族であれ、加害者家族であれ、事件に関する問題は、自分達以外が向き合う事も出来ないし、そこから目を背ける事も決して許されない。
そしてそれは、どれだけ時間が経っても、答えにも救いにも辿り着けるものではない。
それでも、そこに向かって歩き続ける以外、選べる道はないという、残酷なまでの現実。

そんなやり切れない現実が、サブタイトルの“逃げ水”に象徴されてる訳ですが、ラストカットでその“逃げ水”が右京さんの前に存在してるのは、杉下右京の求める正義や真実や理想といったものもまた、当の右京さんですら、決してそこに辿り着けるものではない事を暗示しているようにも見えます。

そんなやり切れなさ200%な第2話の脚本は、かの「ボーダーライン」の櫻井武晴氏の手によるもので、続く第3話は“われらが”太田愛さんの出番だデバン!・・・なんですが・・・

内容自体は、如何にもというか、実に愛さん“らしい”もので、それ自体は納得ではあるんですが、なんというか・・・

元々太田愛さんの紡ぐ物語は、確かにやるせなかったり、切なかったり、哀しかったり、やり切れなかったり、時に残酷ですらあったりしたけれど、実はそれらと同じくらい、温もりや優しさや、愛情や夢や希望、浪漫といったものが表裏一体に存在していて、そこが太田愛脚本の魅力でもり、少なくとも自分は愛さんの作品の“そういう部分”が大好きだったし、実際シーズン8以降参加した「相棒」で描かれた各エピソードでも、確かに「ウルトラ」等の特撮作品とは違うカタチではあったけど、愛さんのそういう魅力はしっかりと出ていたと思います。

しかし、この回に関しては、その温もりや優しさ等と言ったものが殆ど存在せず、ただ結末のやるせなさだけがクローズアップされ、これまでの「シーズン10」3本の中でももっとも“救い”のないものになってしまった印象で、愛さんファンの私としては、ちょっと消化不良というか、納得しかねるというか・・・

ウ〜ム、これは現場での演出上の判断なのか、制作者側の意図というか、この「シーズン10」の方向性なのかもしれないけど、愛さんの脚本から温もりや浪漫をとって、切なさや残酷さだけを残したら、太田愛作品の本当の“味わい”がなくなっちゃうんだけどなぁ・・・

で、ここまで3話放送された「相棒ten」は、総じて救いがなくて重いという印象が非常に強いんですが、その要因のひとつとしては、やっぱり“花の里”がなくなっちゃったってのも大きいでしょうね。

これまでも「相棒」の中では、救いがない重いエピソードは幾つもあったけど、それを観て少々鬱になってる気持ちを和らげてくれてたのは、“花の里”と、たまきさんの存在で、それは右京さん達以上に、実は視聴者にとっての“拠り所”だったんだなと、改めて思いました。

官房長と言う後ろ盾を失い、たまきさんという拠り所が去っても、なお自らの正義と真実を追い求める事をやめとうとしない杉下右京。

果たしてこの先、「相棒」という作品は、どこへ向かおうというのでしょうか?

妖怪人間ベム
ベムは亀梨君よりはむしろ北村一輝の方がイメージだろうとか、堀ちえみは変身後のベロを演るのかと思ってたとか、放送前は色々と突っ込んでやろうと天蚕糸日いてたんですが・・・

イカン、これ困った事に面白いというか、“イイ”です!(^^;

最近、過去のアニメ作品やコミックの名作の実写リメイクがなにか“流行り”のようになっていて、その度に原作至上主義な人達とかからは、凄まじい拒絶反応みたいなものが噴出するというのが、ある種恒例化しているところがあります。

特に、いわゆる“ジャニタレ”を始めとした“旬”な俳優やタレントを起用する事には、なにかヒステリックなまでに異常な反発がネット上では繰り広げられます。

確かに、かつては役者のネームバリュー“だけ”に乗っかったような、中味もなければ、原作の“魂”がなにも分かっていないような作品も、作られていた時期はありました。

ただ、最近作られるそれらの作品は、こういうタレントもあくまで“俳優”として扱い、しっかりとした作品に仕上げているものが増えてきてるのも確かです。

この「妖怪人間ベム」も、そういう意味では驚くほど原作の“本質”を、真面目に、真剣に描いてる、描こうとしている姿勢は、とても好感が持てると思います。

例えば、ベム達の爬虫類のような皮膚とか、頭のコブ状の物とかは、多分原作の“3本指”に代わる“妖怪人間”の記号だろうし、きっと苦肉の策だったんだろうなと思う反面、ああいう表現ですら昨今の風潮ではクレームが出かねない(例えば、皮膚病の人を怪物扱いしてるって類いのヤツね)のを承知の上で、敢えてアレをやらなければ「ベム」をやる意味がないという判断でやったのだとしたら、その挑戦的な姿勢は、むしろ拍手喝采ものです。

そして何より、妖怪人間であるベム達の中にある“正義”の心に対する、人間の中に否応なく巣食う“悪”の心、そんな人間に憧れるベム達の、ある種の自己矛盾。

人間とは、人間の心とは、いったい何なのだろうかという、「妖怪人間ベム」という作品の根幹をなすテーマに、正面から向き合ってると言えるこの作品、今期のドラマの中では、もしかしたら一番の注目株かもしれません。

それにしても、柄本明演じる“名前の無い男”は、その出で立ちがもう“まんま”原作のベムな辺りは、単なるシャレッ気なのか、或いは何か大きな意味があるのか?

一番気になるのは、案外ここだったりしますけどね?(^^;

あと、クレジットには特に配役とかは書いてませんが、アクション関連のキャストの中に“伊藤慎”さんの名があるのも気になります。
今期は「牙狼」でも、牙狼のスーアク務めてる伊藤さん、もしかして変身後のベムのクリーチャーも演っているとしたら、ファンとしてはちょっと嬉しいですね(^^)

そんな訳で、秋の新番組から気になるものを幾つかあげてみましたが、他に「家政婦のミタ」の、あの一歩間違うとギャグ寸前な世界観とかキャラクターなんかは、観ていてクセになるものがあるし、あれくらい振り切ってしまうのも、ドラマの作り方としてはひとつの解答かも知れないという意味では、注目すべき作品かも知れませんね。

そういうところで。

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by yaskazu | 2011-11-05 22:13 | ドラマ | Trackback | Comments(0)
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