世界のどこかで
もう2週間前の話ですが、TSUTAYAで「日本沈没」(73年の旧作版)のDVDを借りて観ました。

小松左京先生が他界されたからとか、東日本大震災から5ヶ月の節目を迎えたからとか、特にそういう事が切っ掛けではないんですが、実はこの旧作の「日本沈没」は、公開当時に劇場で観て以来、特撮シーンなどは断片的に何度か観ていても、全編通しては一度も観ておらず、いつか改めて観たいと、実に38年の間ずっと思っていました。

そこに、TSUTAYAの100円レンタルキャンペーンがあって、この機会にと思って借りてきたところに、小松先生の事や、震災5ヶ月がたまたま重なったというところです。

ただ、同様に感じた人もおられるかもしれませんが、あの東北の地震は「日本沈没」と、なにか“重なる面”が多い気がして、今だからこそ観ておくべきだと思っていたのも、確かです。

そんな折、“しんかい6500”が、震災後に例の“震源地の海底の巨大な亀裂”を見つけたというニュースとその映像は、ついその数日前に見た映画の冒頭シーンを思い起こさせ、ちょっと背筋が寒くなるのを感じました。

あの“しんかい6500”自体が、06年の新版「日本沈没」で、“わだつみ”として実際に使われた船体だというから、皮肉というにはあまりにも・・・

という訳で、以降色々感じた事を幾つか(また、相当に長いですが、おつきあいくだされば幸いかと(^^;)



06年版の話が少し出ましたが、実は私はこちらの方は、以前テレビで放送された際、草なぎ君演ずる小野寺が自爆する辺りの、本当にラストの部分からしか観ていません。

本来なら、この新作版の方も全編観てから、改めて旧作版を語るというのが筋だとは思うのですが(そのテレビ放送の際にも、同様の事をこのブログ上に書いた記憶がありますが)この「日本沈没」という作品は、そのラストの違いこそが“全て”だと言っても、あながち過言ではないと思います。

日本が沈没するのをなんとか阻止し、自分たちの国や民族を守ろうとするのが“新作”な訳で、そういう意味では、震災や原発事故後の、今の日本が指針にすべきテーマは、むしろ新作版に描かれているのかも知れません。

ただ、そのために誰かの自己犠牲を美化するような展開には、個人的には納得がいかないし、それは物語的、或いは映画的には美しいのかもしれないけど、決して正しい事とは思えない。

第一、そんなひとりの人間の犠牲で阻止できるほど、大自然の力は甘くはないのは、地震のみならず、世界各地で起きてる自然災害を見れば明白な事。

だからこそ、そこまでの大嘘をやるのならば、“あの状況”からですら、小野寺が奇跡的な生還を果たして「んなアホな!」って突っ込むくらいのエンターテイメントに徹すれば、むしろ旧作とは違うカタチで、旧作や原作の持つテーマを描く事もできたと思うのですがね。

旧作の「日本沈没」は、そういう人間の力ではどうにもならないことに対し、それでも立ち向かい、生き延びようとする“日本人”の力強さを描こうとしていた。

矢尽き刀折れ、四肢すら失い、身動きもできない、正に万策尽き果てた状況。
どれだけ抗いたくとも抗えない、受け入れ難くとも受け入れざるを得ない・・・
そんな、絶体絶命な“どん底の更に底”に落とされた後、じゃあ“そこからもっと先”はどうするんだって事にまで踏み込んでいたのが、旧作の「日本沈没」だったのですよ。

言わば、新作版で描こうとした事の“更にその先”に目を向けていたと言え、それが具体的にどういう事かというのも、ちゃんと作中で明確に語られてます。

それは、渡老人が3人の専門家に導かせた
「何もせん方がええ」
という、幾つかの選択肢の中の、最も正解かもしれないという、かの有名なフレーズ。
このまま何もせず、日本列島と運命を共にする事が、日本人にとって一番幸せな事である・・・

自分は公開時以来、一度もこの映画を通して観てないと言いましたが、その時以来この言葉が、喉に刺さった魚の骨のように、ず〜〜〜っと引っかかっていました。
言わんとする事は分かるけど、なんだかイマイチ納得できなかった。

でも、それに対する回答は、ちゃんと映画の中で、丹波哲郎演じる山本総理が、明確に出してたんですね。

「何もせん方がええ」という、ある意味究極の結論に達したからこそ、それでもやっぱり、なんとしてでも生きるべきだ
どんな苦難を賭してでも、1人でも多くの、否、例えたった1人だけでも、世界のどこかで、日本人が日本人として、生きてゆくべきだと・・・

映画の中で、大多数の日本人は、望む望まぬに関わらず、日本列島と運命を共にするけれど、それでも多くの日本人が、滅び行く故郷から脱出し、全世界に広がって行き延びる道を選んだ。

もしかしたら、それは傍目からは凄くみっともない事かも知れないし、惨めで不様な姿かも知れない。
新しい大地は、おそらく皆が皆を暖かく迎え入れてはくれないだろうし、新天地と呼ぶには程遠いものであろう事は、想像に難しくない。
そこで、どれだけ堪え難い苦しみや悲しみ、差別や偏見に見舞われたとしても、泣いて帰れる故郷は永遠に失われてしまってる。

だとしても、そんな状況からですら、もがきながらも懸命に、したたかに、必死に生き抜いてゆくであろう、“強さ”や“逞しさ”を、日本人は元来持ち合わせてる。

そんな、小松左京先生の、日本人、日本民族に対する深い“愛情”とでもいうようなものが、「日本沈没」という作品に込められたテーマであり、メッセージだったのだろうと、今回の鑑賞で改めて感じました。

映画の中で、小野寺の必死の制止にも関わらず、自分たちの勝手な判断で漁船に乗って脱出を試みるも、津波に呑み込まれて全滅してしまう民間人の姿が描かれますが、昔は単に“忠告を無視した愚かな行為”にしか思えなかった事が、今見るとあれは結果はどうであれ、自分たちの力で生き延びようとする日本人の逞しい姿でもあったかも知れないと、感じ方が変わりました。

震災と原発事故の後、復興が遅々として進まない現状の中、民間レベル、個人レベルでは、例え少しずつでも、自分らの力でなんとしても立ち上がろうとする人達が、沢山おられます。
そんな日本人の“力強さ”や“生命力”こそが、「日本沈没」という作品が最も伝えようとしたものではないでしょうか?

それにしても、映画の中での山本総理を始めとする“日本政府”や、D計画、D2計画と呼ばれる“日本人脱出”等の対策に関わる各省庁は、実に理想的な“お偉いさん”として描かれていますね。

特に山本総理は、前出の「何もせん方がええ」を経て得た“それでやるべき”という結論に達して以降は、1人でも多くの日本人の受け入れを実現するため、自らが世界各地に出向いて直接交渉し、日本人の脱出に尽力する、ちょっと出来過ぎなくらいの指導者ぶりを見せます。

現実に照らし合わせた時、本当なら、未曾有の大災害がフィクションで、首相や政財界の姿がノンフィクションであってほしいのに、実際は逆になってしまってるというのは、シャレにすらなりません( ̄▽ ̄ii

だからと言って、自分は現総理の批判や、逆に擁護を論じるつもりはありません。
問題なのは、現在の政界(特に永田町)の、体質そのもので、今回の震災や原発事故に対して、仮に現総理が映画の中の山本総理のような、指導力と行動力を兼ね備えた人物であったとしても、恐らく今と変わらない状況になっていたと思います。

逆に、映画の世界に現在の政府を当て嵌めて考えてみましょう。

山本総理は、何も起こらなければ、静かに任期を終えて総理の座を降りるつもりでいたようですが、日本列島が海に沈むかも知れないという、その時点では荒唐無稽でしかない可能性に直面した時、沈まなかった場合のバッシングや混乱を覚悟の上で、敢えて総理を続けて日本の危機に立ち向かおうとする訳ですが、これが今の日本政府やマスコミなら(現代ならインターネットも加わり)“権力にしがみつくダメ本、バカ本総理”みたいな論調で、徹底的に叩かれていたでしょう。

自ら率先して世界に赴き、日本人の受け入れに尽力しても、今の政府なら“パフォーマンス”だの“人気取り”だとこき下ろし、特に野党は与党に対し一切の協力を拒んでいただろうし、現に360万人もの犠牲者を出す東京大地震が起き、1年以内に日本の大半が海に沈む事が確実となり、実際に日本各地が沈み始めてからですら、なおも首相の退陣時期(差し詰め“山本卸し”?)や政権交代、責任の擦りあいや解散総選挙の有無とかで、ずっと揉めてるんじゃなかろうか・・・

いや、幾らなんでも、もし現実にあんな事が起きてしまったら、さすがに政治家さん達もそんなバカな事はしないだろうとは思いたいですが・・・

実際、東日本大震災と福島原発事故のダブルパンチは、現実世界の出来事としては、SFの世界の出来事である「日本沈没」に匹敵、もしくは、ある意味それ以上に深刻な事態ではないでしょうか?

だからこそ、待ったなしの対策や対応が必用とされるはずなのに、震災から5ヶ月が過ぎたというのに、そっちは殆ど進展しないまま、この未曾有の大災害に対し、まるで他人事のように、いつまで経っても政界内の“ゴタゴタ”を繰り返してる・・・

なに、この異常なまでの危機感の無さ・・・

先にも書いたように、これは現在の日本政府の“体質”であって、誰が総理だろうが、どこが政権持ってようが、多分変わりはありません。

そんな事で政治が良くなるなら、とっくに日本の抱えてる多くの諸問題は解決してるだろうし、毎年のように総理大臣が変わるような、諸外国に対して恥ずべき事態がループするなんてことは、おそらく起きないんじゃないでしょうか?

てか、総理が辞めたら劇的に政治が変わって、復興も即座に動き出すとか、そっちの方が遥かにファンタジーですよ(^^;

そんな中、いよいよ現首相の退陣が現実のものとなってきたようですが、なんか来年の今頃も、また同じような事で揉めていて、復興対策や原発問題の方も、殆ど何も進展していない・・・なんて事になってる気がしてなりません。
このままでは、“国土としての”日本が沈むような事はなくとも、“国家としての”日本は、本当に沈没してしまいそうだし、国民は否応なく全員道連れにされちゃいそうです(^^;

故に、今の日本政府には「日本沈没」に登場する政界人達の爪の垢でも煎じてほしい、なんて気持ちにもなるのですが、ただこれはマスコミやネット住人、延いては国民全員にも責任があるところも否定できないですよね。

だからこそ、今こそみんなが真剣に考えていかなきゃいけないんですね。

少し辛気くさい方向に話が流れてしまいました。
以降は、本来“特撮”ブログである(筈の)当ブログ的にも、特撮シーンの事に少し触れて、最後にしたいと思います。

今回改めて、当時の“東宝特撮”の凄さを再認識したというのが、素直な感想(ここまで乗って書いてたのに、ここに来て“当方と草津”なんて変換するなよ、PowerBookG4ちゃん、吹いたじゃねーか(^^;)

CGもデジタル合成も無かった時代、ミニチュアや操演、オプチカル合成と言った、文字通り“アナログ”な技術で、あれだけの災害シーン(特に秀逸なのは、言うまでもなく“東京大地震”のシーン)を作り上げた当時のスタッフには、ひたすら感服と、敬意を表するのみです。

CGやデジタル技術は、確かに本物と見紛うようなリアルな映像も、どんなに“ありえない”ような不思議な映像も作り出す事が出来る・・・と言うより、もはや作れない映像は無いだろう事は、間違いないでしょう。

ただ(これは主観や感性にも関わる事かもしれませんが)CGで作られた映像は、どれだけリアルで本物と見分けられなく作られていても、劇場のスクリーンやテレビの画面に映し出された途端、どういう訳か突如“現実味”を感じなくなるんですよね。

少し不謹慎かも知れませんが、実はこれ、CG映像だけでなく、それこそ東北地震や津波の映像とか、9.11の時の倒壊するビルという、本当に“現実”の映像が、逆に“まるで映画を観ているような”絵空事に感じてしまう感覚と、通じるものがある。

それに対し、この旧作「日本沈没」で描かれた災害シーンを中心とする特撮シーンは、まるでその場に居合わせたかのような重圧感、空気感、緊迫感、或いは臨場感というようなものが、自室のテレビの19インチの小さい液晶画面を通してですら、肌で直接感じるように伝わってきて、一瞬本気で恐怖を憶えたほどでした。

実際冷静に見れば、一目でミニチュアなのが判別出来たり、細かい部分で“突っ込みどころ”のようなものが幾つも見つかるんですが、少なくとも映画の中の1シーン、1シークエンスとして組み込まれてるものとして観ている間は、そういったものを一切感じさせない、圧倒的な“説得力”を持って迫ってくるんですよね。

特撮というのは、どれだけ手法や技術が時代によって変わったとしても、如何に本物っぽくに見せるかという事には変わりはないと思いますが、ただリアルに作り込むだけなら、意外と出来てしまう事かも知れないけど、リアルを“演出する”というのは、案外難しい事(特にCG秘術にとっては)なのかもしれません。

このリアルを“演出する”という事こそ、アナログ時代の特撮が持っていた、最大の力であり、魅力の源だった。
それが、円谷英二を源流とする“日本特撮”の神髄なのだと、改めて認識しました(だから“日本と草津”じゃねー!(^^;)

新作版の監督の樋口真嗣氏が、自ら“絶対に超えられない”と言ってたのは、多分そういう部分を指してたんじゃないかと思います。

なんか例によって、とりとめも無くグダグダ書いてきてしまいました(反省)

しかし、今回そうやって色々な事を感じた事は、今だからこそこの作品を観ておくべきと思ったのは、間違いじゃなかったと、確信しました。

小林桂樹の田所教授はサイコーだとか、藤岡弘の小野寺はまんま“本郷”だよなとか、いしだあゆみのアンニュイさはちょっと(股間に)“来る”とか、まだ他に書き足りない事はありますが、ひとまずこれで区切りたいと思います。

最後までおつきあいくださった方、ありがとうございました。

草津よいと〜こ〜、いちど〜は〜おいで〜♪

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東宝



日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)

小松 左京 / 小学館


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by yaskazu | 2011-08-19 20:52 | 特撮 | Trackback | Comments(0)
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