胸に燃えてる日輪は
最近、オタにとっては馴染みのある方達や、自分ら世代にとっては存在の大きかった俳優さんなどが、立て続けに旅立たれてしまいました。

ふとお名前が浮かぶだけでも、特撮ライターの草分け的存在だった“竹内博”さん、漫画家の“和田慎二”さん、その和田さんの代表作品の実写化の名作「スケバン刑事」を始め、「宇宙刑事」や「快傑ズバット」等、特ヲタにとっては忘れられない名作の数々を演出した名監督“田中秀夫”さん・・・

俳優さんでは“長門裕之”さんとか、先日は私ら世代の“男子”にとっては、ある種憧れの”アニキ”的な存在だった“原田芳雄”さんとか・・・

その都度、ブログに取り上げようとかも思っていたのですが、あまりに度重なる事や、私自身そういう話題ばかりでエントリーを埋める事に、ちょっと抵抗があったこともあり、意図的に書かなかったって面も、実はあります。

ただそうする内に、またもやそういう“悲報”を知ってしまい、ここで取り上げる事でそういう悲しい出来事が打ち止めになるよう、ある種の“願掛け”的つもりで、すこし触れてみたいと思います。

芦田豊雄氏(アニメーション監督)が死去

Wikipedia・芦田豊雄



芦田さんは、ニュースやWikiで紹介されているように、「アラレ」や「ミンキーモモ」で知られる部分も大きいのですが、実はその時代によって“画風”が大きく変化してる人でもあります。

79年版の「009」と「ミンキーモモ」から「アラレ」という流れも相当なものだと思うのですが(w)、個人的には初期の(1作目)「ヤマト」や、初のキャラデザ「UFO戦士ダイアポロン」の頃の絵柄が、実は一番好きなんですよね。

専門学校の同級生が、就活でミンキーモモのセピア色の“遺影”を描いて行ったのを気に入って(ソイツが飛び抜けて絵が上手かったからではあるけど)スタジオに入れてくれたというエピソードから、そういう“シャレ”の分かる人でもあったようです。

近年は、アニメーターや業界人の待遇や地位の向上に尽力された事も印象深いです。
幾度かここでも触れたことがありますが、あの業界の内情は“ジャパニメーション”という名とは裏腹に、世間一般からは信じられないくらい、中で働く人間の待遇や労働環境は本当に酷いもので、中には巷でいう“ブラック企業”なんか可愛く思えるほどの、トンデモナイ事例も、珍しい話ではありません。

芦田さん達の活動が足がかりになり、その地位向上の“切っ掛け”は出来上がったようですが、まだまだ世間並みとは行かないようですが、きっとその意思は次世代に受け継がれ、いつか(最低でも)“世間並み”にはなると、信じています。

旅立たれた方達が、あちらの世界で幸せでありますように・・・
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by yaskazu | 2011-07-27 00:23 | 独り言 | Trackback | Comments(0)
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