夢が心に溢れていれば
昨日、一報を知ったときは、くも膜下はちょっとヤバイかもと思ってたのですが・・・

やはり、残念な結果になってしまったようです。

ポケモン、ミンキーモモ、ナデシコ、ゴーショーグンなどを手がけた脚本家の首藤剛志氏、死去

ポケモン脚本家の首藤氏死去、くも膜下出血

世間的にはやはり「ポケモン」が一番通りがいいんだろうけど、私ら世代はやはり「ゴーショーグン」とか「ミンキーモモ」ですねぇ。
特にこの2作品は、私が専門学校でアニメーションを専攻していた時期のもので、「ゴーショーグン」の映画版を観に行ったり、卒業制作時に友人の家に泊まり込んだ時「モモ」の“あの回”を鑑賞したり、放映を観ながら自宅で課題製作をしたりしてた思い出があり、今でも当時の記憶が鮮明に蘇ります。

私自身は、2年間アニメ業界に籍を置きながらも、首藤さんとは一度もお会いする事もなかったけれど、そういう意味ではやはり心に残るお名前ではあります。



この方の作品で、やはり一番衝撃的だったのは、初代「ミンキーモモ」の“あの回”、「夢のフェナリナーサ」でしょうね。

人の夢を叶えるためにやってきた魔法のプリンセスが、魔法では他人の夢は叶えられない事を思い知らされるエピソードや、地上に夢を持たない人間が増えて、魔法のパワーが減っている事、夢を持たない、悪意を持つ人間によって、魔法の力の源であるペンダントを破壊されるという前日壇のあと、迎えるこのエピソード。

“魔法のプリンセス”ではなくなってしまったモモが、トラックに轢かれてしまうという、“こういうジャンル”の作品ではあり得ないようなカタチで、あっけなく“死”を迎えてしまうという展開は、当時かなりショッキングでした。

夢を叶える力を失った魔法のプリンセスが、夢がなくなった世界で生きる事はできないというのか・・・

しかし、モモの魂は、魔法によって信じさせた、元々子供のいなかった地球のパパとママの本当の子供となって転生し、魔法のプリンセスとしてではなく、人間の女の子として、他人の夢ではなく、自分の夢を叶えて大人になった時、きっと夢の国フェナリナーサは地上に降りてくる。

天使の羽根はないけれど、夢が心に溢れていれば・・・・
エンディングテーマの歌詞を、そのまま体現するかのようなその結末には、なにか哲学的なものすら感じたものです。

元々「ミンキーモモ」というのは、回を追う毎に作画や演出がどんどん暴走していき、スラップスティックなコメディ色が強い作風だっただけに、この展開には余計に衝撃を受けたものです。

もっとも、首藤さん本人は最初からこんな哲学的、教訓的なものにするつもりはなかったようで、製作が終盤に差し掛かった頃に急遽延長が決まったため、物語に破綻をきたさない為に一度物語を終了させ、次の展開に繋げる為のものだったそうで、事実延長分以降の「モモ」は、赤ん坊のモモの夢の中の世界という設定で、スラップスティックコメディを繰り広げるものになっています。

しかし、その根幹を貫くテーマは変わる事はなく、それ故に「ミンキーモモ」は今だ根強い人気を保っていると言えるでしょう。

首藤さんの魂も、またどこかで生まれ変わって、夢を叶える為に生き続ける事を願いたいものです。

だから、さよならは言わないで・・・
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by yaskazu | 2010-10-30 00:28 | ニュース | Trackback | Comments(2)
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Commented by at 2010-10-30 09:19 x
その一言でしめるあたりに,思いが伝わってきます。
Commented by yaskazu at 2010-10-30 23:58
>け様
初めましてでよろしかったでしょうか?

自分は、訃報をブログで取り上げる際、極力“御冥福をお祈りします”というフレーズは使いたくないのですよ。
なにか、本当にお別れって感じで、淋しいですからね。

首藤さんに贈る言葉として、記事の内容的にも、やはりこれだろうなと思い、使わせていただきました。
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