大魔神カノン 第21話 感想
カノンが、身体から沸き出してくるような喜びを込めて、いのりうたを歌う域に心が達するまでを描いた一編。

普通に考えれば、降って湧いたような父親の再婚話に、心が乱れる事はあっても、それを心から喜ぶ心境になれるだろうか・・・・って辺りがちょっと釈然としないものがあるんですが、そう感じてしまうのはおぢさんの心が澱んでしまってるというか、物事を素直に受け取れないような、荒んだ人生を送ってきた証拠なのかな、とも思ったり(^^;

けど、カノンがこれまで辿ってきた様々な出来事を経て、ここまで来た事を照らし合わせてみれば、これまでそれを傍観者の立場で見守ってきた目で見れば、確かに納得できるし、今回のラストシーンが凄く胸に染み入ってくるのも確かなんですよね(^^)

て事で、本題。



父ちゃんの酔って帰って来た姿で、あかりさんにプロポーズ断られた事を悟ったカノンですが、この時点ではあかりさんの方も父ちゃんに好意を持ってる事はまだ知らないようですね。

カノンにとっては、口うるさくていい加減でだらしない父親なんでしょうが、でも子供の見てる親の姿というのは、ある意味一番“無防備”な部分を曝け出せる“家庭”という場所での、ある一面に過ぎないんですよね。

自分の父親の別の一面。
人間として、社会人として、そしてひとりの“男性”としての姿は、人に愛され、慕われるのに十分に足りるものである事、そこにあかりさんも惹かれている事は、後のシーンで明らかになる訳ですが、それについては後述。

あかりさんとこの施設のコーラス会で、一緒に歌う事を約束したカノンは、一緒にタイヘイも誘うのですが、昔の家族とのスナップ写真の背景に、岩になったブジン様の姿が映っていた事を知った後でも、未だにその意味や理由、カノンの“歌姫”としての役割を、話していない模様。

タイヘイにしてみれば、カノンが“その域”に達するまでもう一歩だという気持が強い分、イパダダの脅威が限界に来ている事を知りつつも尚、まだ見守っていたいのでしょうが、その間に幾つもの人命が失われてる事を考えると、ちょっと複雑だなぁ・・・(^^;

それでも、タイヘイは自分の考えを変えないだろう事を分かった上で、敢えて任せるフクマツさんは、その姿に似つかず(失礼)某探偵が見たら惚れちゃうかも知れ無い、中々のハードボイルドぶりです(笑)

カノンよりも一足早く施設に来ていたタイヘイは、早くも婆ちゃん達の人気者になっていた模様(笑)
しかし、なんで「どうにもとまらない」なんだ?(笑)

施設のコーラス部が楽しく歌ってる時に、わざわざ壁を木槌で叩いたりして、邪魔をするさゆり婆ちゃん。
皆の迷惑だし、さゆりさん自身を気遣う意味でも、その時間に散歩や自室でのビデオ鑑賞と、職員が色々手を打っても、中々言う事を聞かない“困ったちゃん”なお婆ちゃんなんですが、その理由はちょっと重い。

昔は結構実力派の歌手だったらしいさゆりさんは、病気(多分、癌かな?)の為に、大切な声帯を取らなければならなくなった。
その病気の影響なのか、車椅子生活にもなり、歌う事も話す事もできない事が、自然に我がままにさせ、多分自分が悪い事は分かっていながら、他人に対し意地悪な行為にも出てしまう。
さゆりさんの場合、認知症の症状は無いようで、気持や心がしっかりしてるらしい分、余計にそれが激しくなっちゃうんでしょうね。

なんか、歳とったおかんを持つ身としては、ここまで顕著ではないにしても、気持に身体がついていかない事に苛立ってる時の姿と重なって、ちょっと身につまされるものがあります・・・(^^;

そんなさゆりさんが、唯一言う事を聞くのがあかりさんで、一通り落ち着かせた後で部屋を出ようとするあかりさんの腕を掴んで離さない辺りを見れば、本当は寂しいのだろうその気持、あかりさんに対する信頼度の強さを伺い知る事が出来ます。

さゆりさんが施設に入れられた事情(身寄りが無いか、面倒を見てくれる人がいない、面会にも来てくれない等)を推察すれば、自分の娘くらいの年代のあかりさんに“甘えたい”って気持もあるんでしょうね。

因みに、このさゆりさんを、前回少し触れたバラージのチャータムを演じた“弓恵子”さんが演じてるのですが、お年を召されても、気品を感じる辺りはお変わりありません(^^)

このさゆりさんの存在が、今回結構重要なポイント。

あかりさんがばろく父ちゃんのプロポーズを断った事を知り、その真意を確かめるように、施設の婆ちゃん達にけしかけられちゃったカノン。
実の娘に対して、親父が惚れてる相手にそれ訊きに行かせるか?・・・と、最初は思ったけど、これは多分婆ちゃん達なりの“思いやり”なのでしょう(理由は後述)

あかりさんの口から、父ちゃんの事を嫌いなどころか、人間として尊敬してる上に、男性としても好きだと、爽やか笑顔で聞かされて、逆に面食らってしまうカノンですが、そこで初めて、自分の知る“ダメ親父”としての姿以外の、父の顔を知る事になります。

かつて施設が、以前の経営者の不正によって廃止の危機に陥った時、当時の県の議員だったばろく父ちゃんが、本来の仕事ではないにも拘らず、尽力して方々に働きかけてくれたからこそ、施設は存続し、入居しているお年寄り達は行き場を失わずに済んだ事(もしかして、立ち場的にはむしろ廃止を推奨する側だったのでは?)

その後も、色々とこの施設には個人的に関わっていたようで、前回の婆ちゃん達の会話から、どうやら父ちゃん前の選挙に落っこちてから(本来の仕事放っといてこんなことしてたからか?)は、半分施設の職員みたいにして働いていたみたいで、その事があかりさんだけでなく、婆ちゃん達からの絶大の信頼に繋がってたようなんですね。

あと、あかりさんのさらっと言った言葉で、、父ちゃんとあかりさんが、出会ってから約15年ほど経ってるって事にも注目。
その頃ならカノンは5歳くらいで、ちょうどお婆ちゃんに育てられていた頃で(恐らく最初にタイヘイと出会ったのもこの頃)つまりお母さんが故人になって既に数年は経っていたと思われ、この時点で再婚話になっても不思議ではないはず。

にも拘らず、15年もの間ばろく父ちゃんがあかりさんにプロポーズをしなかったのは、カノンが幼かった事や、多分(本編には未登場の)“あんちゃん”が多感な年頃だった事を配慮して、2人が分別つく年頃になるのを待ってたんじゃないかな?

東京に来て、カノンの部屋に転がり込んでからも尚、あかりさんの事を言わなかったは、もしかしてカノンが大学卒業して社会人になるまで待つつもりだったとも思われ、もしそうであるならば、父ちゃんは実は“親”としても、実によく出来た人間だと言えるでしょう。
本編では描かれていないものの、カノンもそれを感じ取り、自分の父親を色々と“見直した”んじゃないでしょうか?

そんな父ちゃんの、満を期しての“決意のプロポーズ”を、あかりさんが断ってしまった理由は、結婚によって山形へ帰る事で、さゆりさんを始めとした、施設のみんなを置いて行く事は出来なかったから。
自分の幸せよりも、施設のみんなの幸せを願い、多分このまま施設に人生を捧げるつもりだったのでしょう。

自分よりも他人の為に・・・そういう意味では父ちゃんとあかりさんは“似た者同士”で、そうであるが故に結ばれないでいる。
いい歳した中年同士のくせに、まるで中学生のプラトニックラブみたいな歯痒さです(笑)

けど、そんな2人だからこそ、カノンも応援したい気持になれたのだろうし、そしてそれは施設の婆ちゃん達みんなにとっても、共通の願いだった模様。

そんな中、イパダダを追うサワモリ達一行は、キリノハさんとちょっと不協和音が出てしまいますが、それもこれも今度のイパダダが強力すぎる事や、出来ればブジン様の復活を待つ事なく抑え込みたいという願いは、オンバケの皆の共通の思いだからでしょう。

しかしその願いを嘲るように、遂に百霊の“巨大イパダダ”に成長してしまう冴木賢人の魂。
もはや、サワモリ達の力では太刀打ち出来ない、最悪の状況になってしまった模様です・・・

なんかこの、オンバケVSイパダダのパートと、カノン達のドラマ部分の“温度差”が、まるで今年の夏の昼間の戸外と、冷房の効いた部屋くらいあって、ちょっと戸惑います(苦笑)

まぁそれはいいとして、白塗り全裸の“ヤロー”の幽霊って、嫌すぎます(^^;

施設の婆ちゃん達から、あかりさんとばろく父ちゃんを“くっつけちゃう”為に、自分達の気持を歌にして送る“歌詞”の作詞を仰せつかっちゃったカノン。
これもね、もしカノンがこの話に難色を示していたり、未成年だったり、或いは番組開始当初の“暗かった”頃のカノンだったら、多分婆ちゃん達もこんな事頼まなかったと思うのですよ。

カノンが良識も分別も備えていて、明るくて優しく、なおかつ父親の再婚話に対し、理解を示そうとしている。
ただそうは言っても、カノンもそれを態度で示すにはさすがに迷いがあるだろうから、カノンに歌の詞を作ってもらう事で、その背中をちょっと押してみる気持も、あったのではないでしょうか?

カノンにあかりさんの気持を訊きに行かせたのも、あかりさんの人柄を知ってもらうと同時に、彼女が“新しいお母さん”になってもいい人なのかを、カノン自身が確かめるための“切っ掛け”を作ってあげようとしたからで、あかりさんや、父ちゃんや、カノンに対する、婆ちゃん達の心からの“思いやり”だったんでしょう。

急に呼び出された、父ちゃんとあかりさん。
バツが悪そうにロビーのソファに並んで座ってる姿が、微笑ましいやらもどかしいやら・・・(笑)

そこに流れてきたコーラス誘われて行ってみると、そこには施設の爺ちゃん、婆ちゃん達が、2人を祝い、送り出す為の歌を歌っている。

これまで、一杯お世話になった事を感謝してます。
今度は、私たちがその恩を返す番。
時分達の事は心配しないでいいから、これからはあなたたちが幸せになってください。
幸せいっぱい、ありがとう・・・

要約すれば、概ねこういう内容になるのですが、婆ちゃん達みんなの、純粋な思いやりの込もった言葉と歌声、そしてそれはその詞を作ったカノンの、父親への感謝と、あかりさんとの祝福の言葉でもある。

みんなが歌っている時にまたやってきたさゆりさん。
こんな時まで邪魔しちゃうのかと思いきや、出ない声を振り絞って歌おうとし始めます。

さゆりさんが意地悪していたのは、本当はみんなと歌いたかったから。
それを、自分の境遇やプライドが、素直にさせなかっただけのようですが、同じ施設の同じ年寄り同士、そんなさゆりさんの気持を察したみんなも、それを受け入れ、改めて一緒に歌い始めます。

そしてそれは、さゆりさん自身も、自分はもう大丈夫だから、あなたは幸せになってほしいという、あかりさんへの意思表示でもある。

一杯の優しさと温かさと思いやりに包まれ、父ちゃんとあかりさんも、その気持に応えるように、改めてみんなの前で、幸せなる事を誓います。

その様子を見守っていたカノンは、自分自身がいつから流していないか分からない、心の中から溢れ出してくるような、喜びの涙を抑えきれません。
父ちゃんとあかりさんの純粋な愛情と、2人がこれまでやってきた事に対する、信頼と愛情に裏打ちされた、婆ちゃん達の感謝と祝福、偽りのない善意。
親の再婚を心から喜べる、自分自身の心・・・・

そういったものが、嬉しくて仕方がなかったのは、ここに至るまでに、傷つき人を信じる事が出来なかった時期を過ぎてきたから。
人間には悪意や醜さ、怖さや弱さもある事を経験してきた上で、それでもやっぱり、人間には善意も美しさも、優しさも強さも持っている事を目の前で感じ、身をもって確かめる事が出来たからなんでしょう。

今回のラストシーンは、前回の冒頭シーン同様、江良圭監督による驚異的な長回し1カットによる演出が、そんなカノンの心情を文字通り“絵”で表現しているようです。

これまで東京で裏切られ、傷つき、人間不信に陥って、笑顔すら失っていた時から、タイヘイ達との出会い、守谷とタイヘイの事、オンバケの存在理由、サキとの和解、くららを救えなかった事、かなめとの事、そして幸太郎との決別、父ちゃんの再婚、その相手、施設の婆ちゃん達・・・
長い道を、延々と走り続けてるその姿をクレーンを使った1カットで捕え続けてる映像は、そんなカノンの駆け抜けてきた時間を象徴しているよう。

更にカメラは回り続け、町並みを見渡せる高台にまで走ってきたカノンが、息も絶え絶えな状態でありながら、身体の内側から喜びを解き放つように、“いのりうた”を歌い始めます。

まだ歌詞は出来ておらず、大半が“ラララ・・・”であり、息切れしていて殆ど歌にすらなってない。
それでも、今までカノンが歌ったどの“いのりうた”よりも、魂から発せられた、聞く者の心に染み入ってくる歌・・・

少し上り坂になった、強く曲がった道路を全力で走ってきて、そのままカットを切り替えずに一気に歌わせてる辺り、多分この時のカノンは演技じゃなく、演じる里久鳴祐果が本当に息切れして、ヘロヘロになりながら歌う姿をそのまま捉えていると思われ、だからこそリアルに、心に伝わってきます。

まぁ、役者さんはホントに大変だろうけど・・・(^^;

遂に・・・遂にいのりうたを、心から歌える域に達したカノンを、優しい眼差しで見守っているタイヘイ。

物語は、遂に最終編へと突入します。

大魔神カノン DVD通常版 第11巻

角川映画


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by yaskazu | 2010-09-16 00:00 | 特撮 | Trackback | Comments(0)
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