大魔神カノン 第19話 感想
前回の決着編。

くららのエピソードもそうだったけど、このエピソードもいわゆる“ドラマ的”な、スッキリした終わり方はしません。
むしろ、モヤモヤしたものが残ってしまったような、釈然としないような・・・・

けど、現実には世の中ってそんなもので、人間関係も、身の周りの出来事も、全てが上手く収まって晴れやかな気分で過ごせる事の方が、圧倒的に少ないものです。

それでも、自分が信じた事を、精一杯やってみて、生きていれば、少しは変わるかも知れないし、何もしないよりかは遥かにいい。

本当に“リアルなドラマ”を突き詰めていけば、そういうところに行き着いていくのだろうし、この辺りに高寺Pが(「カノン」に限らず)自作において追求している事の、“本質”があるのかも知れません。

では本題。



かなめの過去は想像以上に壮絶なものだったようで、彼女の擦れて捻くれた、他者から疎まれるような性格や人格はそこに理由があったようですが、そうであるが故に哀しく、救われない・・・

親の離婚や義父からの虐待、それを止めない母親。
劇中では描かれてないけど、もしかしたら母親も一緒にやっていたかも知れないし、義父から性的虐待を受けた可能性だって、ないとは言えない・・・

現実の世の中でも、不幸にしてそういう生い立ちを持つ子供は、心に傷を負ったまま“歪んだ価値観”を持って育ってしまう事の方が(悲しいかな)多いし、それどころか生き存える事すら許されない子供達だって、多くいる。

かなめの場合、それでも一応高校や大学にまで通わせられてる事を考えれば、まだ救いが無いという程のものではないのかも知れないし、高校時代には厚生の機会もあったようなのに、それを自ら拒否するような行動をとり、自己中心的で排他的な人格に育ってしまったのは、その生い立ちに起因になっている事は間違いない模様です。

確かに、田舎育ちで家族の(特に“おばあちゃん”の)愛に育まれ、少なくとも都会で剥き出しの人の悪意に曝されるまでは、そういった事とは無縁の世界で生きてきたカノンとは正反対の、重く辛い幼少期、少女期を送って来たと言えるかなめには、“身の丈に合わない事はやらない方が良い”と言うオタキさんの言葉通り、下手に関わる事は、一層かなめの心を閉ざし、カノン自身も傷つくばかりか、身に危険が及ぶ可能性すらある。

くららの件もあり、迷うカノンに決意させるのは、ひきこもり続けるブジン様にインネン付けに山形に行ったタイヘイが伝えた、自分を裏切るような行為をした守谷と、仮に今再会し、その時彼がまた困っていたら、タイヘイはやはり守谷を助けるという言葉。

それは、タイヘイ自身が言うように、人に恩を返し、助けるために生まれた“オンバケ”だからという、自らの存在理由の上に成り立っているとは言え、それ以上に“人をずっと好きでい続けたい”と言う、務めや存在理由を越えた、タイヘイ自身の強い思いや願いなんですよね。

オンバケの中でも、特にタイヘイは人間に対する思いは強く、純粋(だからこそ、カノンの歌を受け入れないブジン様の態度に、どうしても納得がいかないんですね)
そしてその思いは、実はカノンの“本心”そのものであり、これまで何度もくじけ、閉じそうになっていた自分の心を開き、導いてくれたタイヘイが、それに気づかせてくれた事は、カノンにとっては本当に嬉しかった。

「だからタイヘイさん、大好き!」
には、そんなカノンの色々な思いが込められているのだろうし、言われたタイヘイも、自分の思いが通じた事が、素直に嬉しいのでしょう。
2人がブチンコ&タマッコを通して、語り合う一連のシーンは、今回私の一番のお気に入りです。

ただ、だからと言って、2人の間に人間と妖怪を越えた恋愛感情みたいなものがあるのかというと、それはちょっと違うと思うんですよねぇ、やっぱ。
しいて言うなら、同じ思いを共有する信頼関係、ある種の相棒とでも言うものではないでしょうか(イケチヨ姐さんのいう“2人で1人”は、そう言う事なのでしょう)

タイヘイの言葉に背中を押されるように、かなめに幸太郎との事を忠告しようとするカノンですが、案の定聞く耳持たないという様子。
かなめにしみれば、自分の辿って来た過酷な生い立ちに比べ、悪く言えば温室育ちの“田舎モンのダサイお嬢ちゃん”で、尚かつ今のカレシの元カノでもある“鬱陶しい女”ごときに、説教めいた奇麗事並べ立てられたって、受け入れれる筈もないでしょう。

かなめがカノンに言い放った「偽善者、大嫌い!」の言葉は、そんな彼女の感情をストレート言い表してると同時に、その生い立ちが、他人の好意や言葉が全てが悪意、敵意に思えてしまう人間にしてしまった事を裏付けています。

それでも・・・

彼女が過去に自分のプロフの中で、我が身に起こった出来事や、辛い思い、他人に対する感情を書き綴っていた事は、裏を返せば実は誰かと繋がっていたい、誰かに愛され、誰かを愛したい気持の表れで、だからこそ、その寂しい心が、幸太郎のような危険な男に惹かれ、騙されてしまう結果に繋がっている。

トモスケの言う、今のあの娘はカノンの言葉が奇麗事に聞こえる気持になってるだけというのはその事で、トモスケもまた、人の愛を受けて転生したオンバケだからこそ、それが分かるのでしょう。

かなめを説得できないのなら、幸太郎の方に危険な事から手を引き、かなめを利用する事をやめさせようと、自ら彼の元に出向くカノンですが、ここは重要なポイント。

カノンにとって幸太郎は、“いのりうた”だけではなく、人を信じる心であったり、(恐らくは)純潔であったり、異性に対する愛情であったり、劇中には出てきてませんが、もしかしたら金品であったり・・・・と、自分から色んなものを奪ってゆき、深く傷つけた相手。

出来ればもう、二度と会いたくない、関わりたくない・・・

しかし、それは言い換えれば彼が“どんな人間か”を知り尽くしている事でもあり、彼と正面から向き合い、越えて行く事は、自分の過去に向き合い、乗り越え、或いは受け入れる事で、次の一歩に進む事でもある。

かなめを救いたい気持が先立っているとは言え、誰に言われるでもなく、カノン自らが幸太郎に会いに行ったという事は、それだけ彼女が、幸太郎と出会う以前の自分を取り戻し、より一層強くなった事の証しでしょう。

そして、もしかしたら・・・例えどんな悪党だったとしても、一度は愛した相手である幸太郎の事も、救えるものなら救いたいという気持も、どこかにあったのかも知れない・・・

けど、その気持は結局は幸太郎には届かなかったようで、強気なった今の方が“そそる”だの、お前の声で“TO THE TOP”が聞きたいだの、カノンの気持を尚も踏みにじるようなその悪態に、思わず渾身の“ビンタ”を喰らわせます。

それはカノンにとって、自分を苦しめてきた根源である悪い男との、そして弱い自分との、決別の証しだったのかも知れません。

結局アイツはどうしようもないヤツだった、あんなヤツを自分は愛したのか、大切なものを沢山奪われたのか・・・・どうやっても、自分の声は届かないのか、救えないのか・・・・

「バッカヤローーーー!!!」
夜の街の雑踏で、人目も憚らず泣きながら叫び、戻ってきたタイヘイの胸に顔を埋めて泣く姿には、そんなカノンの強い感情が込められているのでしょう。

ブチンコの知らせで、幸太郎がかなめに“危ないクスリ”の受け取りに向かわせた事を知ったカノンは、なんとか事前に防ぐため、改めてかなめに説得を試みます。

かなめが自分に嘘をついてる事、本心では人と繋がりたいと思ってる事。
だからこそ、幸太郎の事を心の底では疑っていても、嫌われたくない一心が今の行動に走らせてる事を・・・
カノン自身も、同じような経緯で都会で孤独感に苛まれた時に、そこに入ってきた幸太郎にまんまと騙されたからと、必死に訴えるも、辿ってきた生い立ちや、住んできた世界の違うあんたなんかと一緒にしないでくれと、その頑な心は容易に開来ません。

そして、カノンが幸太郎を拒絶したように、かなめもカノンを拒絶するかのように、平手を喰らわせるものの、それでもカノンは、めげずにかなめの手を握りしめて問いかけます。
「この手、あったかい?」

ただでさえ他人の心の中に土足で上がり込んできて、触れてほしくない事に対して痛い言葉をズケズケ浴びせてくる、まるで大阪のオバチャンのような(笑)その態度に耐えられず、たった今張り倒した“ワケの分からない女”に、尚も手を握り閉められ、あったかいかどうかなんて聞いてくるカノンに、さすがのかなめも少し怯み、戦意喪失した様子。

人を好きでいたいというカノンに、バカじゃないかと捨て台詞を残して、呆れたように去って行くかなめ。
結局、カノンの思いが届かどうかは分からないけど、少なくともかなめを幸太郎の罠や犯罪の魔手から救う事は一応できた訳ですから、それで良しとすべきなのでしょうか・・・

幸太郎は結局逮捕されてしまったようで、仮にイパダダの依り代にされいなくとも、どの道彼はこうなってしまう運命だったのでしょうか?
オタキさんの言うように、これで少しでもいい方向に向けばいいのですが・・・

個人的には、幸太郎が“ああなってしまった”背景というのが一切描かれず、単純に“悪党”として扱われてる辺りには、少し不満が残ります。
幸太郎の生い立ち、人格形成の経緯、彼のどこにイパダダである冴木は目を付けたのか、その心の底にある闇の正体はなんなのか・・・

そこらを、あともう少しででも描いていてくれていたら、物語にもっと深みが出ただろうと思えるだけに、そこはちょっと残念です(もっとも、残りのエピソードで語られる可能性はあるけどね)

大学の教室で再会したカノンとかなめ。
カノンの落とした消しゴムを、一応拾いはするものの、別の机に置いて行ってしまうかなめですが、以前のかなめなら、拾うどころか蹴飛ばして行ったかもしれない事を思えば、彼女の心にも、ほんの僅かといえども変化があったと見るべきなのでしょうか?

本当は人と繋がりたいと思っているのに、その人の心や言葉が全て偽善や奇麗事に思えて、拒絶してしまうかなめの心情は、実は今のブジン様とリンクしてるんですね。
カノンのモノローグの、手と手を繋いでも、あったかくならない事もある、いのりうたの歌詞みたいにはいかないというのは、ブジン様の(いのりうたの歌詞は)嘘ばかりという言葉の意味も表してる。

それでも諦めずに手を繋ごうとすれば、いつか何かが変わって行くのではないか・・・

かなめの心が、ほんの少しでも開きかけたように、心から訴えていけば、いつかブジン様の心も、開く事もできるのではないでしょうか?

残り話数も僅かながら、クライマックスに向けての展開や、この作品のテーマの本質がどこにあるのかとが見えてきた・・・・そういうエピソードだったと思います。

やっぱ、荒川稔久氏の脚本は“ツボ”を心得てるなぁ(^^)

大魔神カノン DVD通常版 第10巻

角川映画


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by yaskazu | 2010-08-28 20:51 | 特撮 | Trackback | Comments(0)
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