大魔神カノン 第13話 プチ感想
オンバケ達と触れあった事で、元の明るさを取り戻し、それが人間に対しても次第に心を開く切っ掛けとなり、更に同じ様にオンバケを知る人間“若松”と出会った事で、それが確信へと導かれるであろう予感。

更に、幸太郎の身体を離れ、暴走を始めたイパダダとの、戦いが次の段階に入るであろう事。

そして、ブジン様が眠りについた理由が語られる事で、カノンがいよいよ物語の核心に深く関わっていく事を感じさせるなど、今回は、第1部完結編とでもいうべき内容でした。

新たなステージに入ってゆく「大魔神カノン」
本当に面白くなってきたので、これからがますます楽しみです(^^)

では今回のポイント。



冒頭の、自分たちの起源を語るタイヘイ達と、大学生ですと言うカノンと若松の、互いの自己紹介のシーンはなんとも間抜けな空気の漂う、今回一番和んだシーンですが、目の前にいるのが“妖怪”だって事より、タイヘイが“320歳”ってことの方に、本気で驚くカノンの感性って・・・(^^;

タイヘイに自分よりず〜っと上って歳バラされそうになった時の、イケチヨさんの物凄い表情での“バキ!”が、今回自分的に一番のツボでした(笑)

この他には、逃亡したイパダダを追うために出陣する際、サワモリを通り過ぎて、シブく決めながらハシタカの胸の谷間に入るトウベエさんの“ムッツリ”ぶりと、それに対するハシタカの“はぁあ〜〜ん♥”辺りが、今回のギャグシーンと言うか、和みシーンで、後は結構緊迫したシーンが続くのも、今回の特色。

先ず、前回ラストでイパダダを一旦幸太郎の中に封じ込め、封印浄化の儀式をするシーンは、今回最も緊迫した空気が漂っています。

ここで驚くのが、オンバケ達がイパダダを封印するその方法。
オンバケ達は、イパダダを自らの身体に封じ込め、何十年、何百年かけて諭し続け、“成仏させる”と言うのです。

そう、“退治”ではなく“成仏”、ここなにげにポイント。

オンバケは人に受けた愛情や恩を人に返すために生まれた存在であり、一方イパダダは強い怨念や悪意を持って死んだ人間が悪霊となって生まれ出たもの。
言い換えればイパダダも元を辿れば人間な訳で、その怨みの心を鎮めて成仏させるというなら、それもまた人に対する“恩返し”という事になり、オンバケ達が自分らの存在理由や生き方に対し、振れも揺るぎも無い事を示しています。

凄いな、オンバケ!

そしてそれは、後半語られるブジン様が眠りについた理由とも大きく関わっている事になるのですが、これがこの作品のテーマに関わる重要な要素だったりもします。

それは後ほど記す事として、今回その役目を買って出たサワモリですが、タイヘイを始め儀式に参加したオンバケ達全員の力を持ってしても、イパダダをサワモリの中に封じ込める事ができず、幸太郎の身体を離れ、サワモリへの封印も撥ね除けたイパダダは、皆を蹴散らして大暴れの挙げ句、逃亡・・・・

少し意外だったのは、冴木賢人のイパダダが、かなりあっさりと幸太郎から出て行った事。
カノンが人を信じれなくなり、いのりうたを歌えなくなった最大の要因であり、元カレである幸太郎に、作品を通しての敵であるオンバケが取り憑いてるという設定は、普通に考えれば、最後の最後まで引っ張るべき要素のはず。

冴木賢人が幸太郎に見せた自分の過去。
母親から愛情を受けずに育った冴木は、いつしかそれを母親からの自分への殺意と曲解し、その屈折した人格は(恐らく)親殺しへと発展し、それが自分以外への他者全てへの怨念や殺意へと育っていった。

冴木が幸太郎に固執したのは、自分の利益や欲望しか頭に無い一方、実はどこかで愛情を求めてるフシがあるところに、自分と同じ匂いを感じたからだと思っていたので、多分最後まで幸太郎に拘り続け、最後はそれをカノンがいのりうたで、幸太郎も冴木も両方を救う展開になる・・・と、勝手に思っていたのですが・・・

この辺りは、こんな風にシロウトでも予測できる様な、定石ともいえる展開を敢えて外してくる、高寺Pのなんらかの“狙い”があるのかも知れませんが、もしそうであるならば、何故ここでこういう外し方をしたかを、作品を最後まで観て確認したいもの・・・って、しまったこの時点で既に高Pにまんまと乗せられてる(笑)

ともあれ、今のままでは手に負えないほど強大化、凶悪化したイパダダに対抗するため、次の一手に出る事を余儀なくされたオンバケさん達。
その“決め手”となるのが“ブジン様”の復活という事で、ジュウゾウ爺さんから初めて語られる、ブジン様の過去・・・

オンバケの始祖たるブジン様は、身体は大きくとも心は人間と変わらず、実にフレンドリーでお茶目なところもあったようで、皆から愛され、慕われていた模様で、そのブジン様が、岩になって眠りについた理由、これが今回の最も大きなポイント。

その昔、イパダダは頻繁に巨大化して全国に出現し、その度にブジン様はその地域の“歌姫”の“いのりうた”に導かれてに出向いて行き、そのイパダダを“成仏させていた”との事。

ここで先のサワモリが行おうとした、オンバケがイパダダを成仏させる方法というのが効いてくる訳で、ブジン様は言わば人間の怨念や悪意の巨大な塊とも言えるイパダダ・・・それも五十霊(この字を当てて合ってるのか?)、百霊と呼ばれる、最大級のものを自らの中に取り込んでいた事になります。

これは番組の中で語られたものでなく私の考察ですが、先も書いたようにイパダダも元は人間という事を考えれば、ブジン様はその度に人間の醜い部分、負の部分を否応無く見せつけられていた事になり、それは人の愛情を受けてこの世に生まれたオンバケの始祖であるブジン様にとっては、想像以上に辛い事であり、いつしか人間を信じる事や、人の愛情、延いては自身の存在そのものに疑問を感じる様になったのではないか?

その決定打になったのが、傷ついた身体と心を押してでも向った村に間に合わず、イパダダを成仏させてもそこの村人達から剥き出しの憎悪や罵声を浴びせられてしまった事で、それが人間の“本性”でもある事を、思い知らされたのでしょう。

人間の本質は、本当はイパダダのような醜悪なものではないのか?
自分を生み、慕ってくれた人間の姿は嘘だったのか?
本当は人間を信じたいけど、もう信じる事ができない、醜い人間を見ていたくない・・・
なにより、自分はなんのために存在してるか?
こんな事なら、もう耳を塞いでしまおう、目を閉じてしまおう、二度と立ち上がらないでおこう・・・

ブジン様が岩になってしまった理由は、こういったものだったようですが、お気づきかと思いますが、これって番組が始まった頃のカノンと、非常に共通するものがありますね。

だからこそ、そういった辛い経験を乗り越えた後のカノンの“いのりうた”は、必ずブジン様の心に届き、目覚めさせるはずだというジュウゾウ爺さんの思いは、多分正しい。
しかし、ずっとカノンを側で見守り続けてきたタイヘイにしてみれば、今はまだその時期ではないし、なによりもカノン自身の気持ちを尊重したいというのも、間違っちゃいない。

この辺り、当の本人はまだ状況を知らされておらずに、キョトンとするしかないようですが、やはりここらが今後の物語の大きな焦点になってゆくのは、恐らく間違いないと思われます。

そして、こういった本作の根幹に関わるテーマと思われるものの答えの、ひとつの方向性と思われるものが、カノンと若松との会話。

人は人に対し、何故冷たいのか?
確かに、人が人を信じる事が難しい時代だけど、そんな時代でも、人の愛を受けて生まれるオンバケが存在し続けているという事は、それだけ優しい人達も沢山いるんじゃないか?

イパダダとなって災いを齎す悪意も人の心なら、オンバケを生み出す愛情もまた人の心。
どちらの心も同時に存在しているのが人間であり、だからこそ・・・・・と、なんだか禅問答みたいですが、そういったところまで物語が昇華してくれれば、嬉しいんですけどね。

幸太郎を離れたイパダダは新しい“依り代”を得たようですが、さてどうなって行くのでしょう?

あと、今回エンディングのラストのカットが、眠っていたカノンが目覚めそうになるものに変わっていましたが、どうやら新撮ではなくもともと撮ってあったものの様に見受けられるので、カノンの心が紐解け、元の明るさを取り戻し、漸く次の1歩を歩み始めたエピソードでこれを持ってくることを、最初から計算して撮影してあったと推測。

凝ってると言うか、抜かりないなぁ、高寺Pは(^^;

大魔神カノン DVD通常版 第5巻

角川映画


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by yaskazu | 2010-07-13 23:15 | 特撮 | Trackback | Comments(0)
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