叫び
例の米軍基地の移転問題で、中学生位の女の子とかが声を涸らせて、自分たちの主張を叫んでる姿が、ここ数日のニュース映像なんかで何度も流れていた。

確かに、地元の人達にとっては切実な問題なのだろうと思うし、もし万が一にも、ウチの近所に迷惑な施設を持ってこられるなんて話になったら、私も反対するだろうと思う。

それはそうなんだけども・・・



ああいうデモとか市民運動に、子供を・・・敢えて嫌な言い方をすれば“盾”にするようなやり方はどうなんだろうかと、いつも思ってしまう。

特に、中高生辺りの“微妙な”年代の子供達を持ってきて、こういう社会問題に対する主張を語らせるのは、妙な言い方をすればドラマやCMで幼児や動物使うみたいなもんで、確実に見てる側の心を揺さぶる、言い換えればそれは実に“卑怯”なやり方だ。

以前、第二京阪道路工事の際、土地買収に応じなかった保育園の畑を行政代執行で潰した際、そこに野菜や作物を植えていた園児達が泣く姿を見せたり、反対派の保護者というオバサンが、作業員の脚にしがみついたり、畑を抱き抱えるようにして泣く姿を映し出した事に対し、橋下知事がそれを卑怯だと言った事があった。

その時は、私も「なにもここまでせんでもええのに・・・」とか思ってたけど、後にここの園長が代替の土地をより良い条件で入手するため“仕組んだ”事だった(らしい)なんて話が出てきて、ああいうオバサンなんかの、一種芝居じみた抗議活動の裏では、実際に幾らか貰っているらしいなんて話を聞き、事実かどうかはともかく、非常に不愉快に感じたものだ。

多分、マイクの前で叫んでいた生徒達は、問題の本質とかは理解していないと思う。
そりゃそうだろう、私らみたいな“大人”だって、そんなのちゃんと理解してる人間がどれほどいることか・・・・

事が深刻なのは分からなくはないし、それだけなりふり構っていられないってことなのだろうとも思う。

でも、だからこそ・・・・どうにもああいう“やり口”が、鼻についてしまうのだ。
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by yaskazu | 2010-04-24 23:55 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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