小説「仮面ライダー1971-1973」1
先日読み終えた小説「仮面ライダー1971-1973」の感想とか書こうと思ってたのですが、あれだけの物量のものとなると一言ではとても書き表せないし、正直小説と言う“文字媒体”は、テレビや映画等の“映像媒体”以上に感想書くのは難しいと思うのですよ。

映像の場合は、そこに書く人間の主観を入れる事で、実際の映像や物語のイメージ膨らませて伝える事も出来ると思うのですが、小説と言うのはそれ自体が文章な訳だから、作者の書いた作品そのものが全てで、そこに読んだ人間の主観なんかが入ってしまうと、却ってその作品の本当の味わいや良さが伝わらないどころか、下手をしたら(未読の人に対し)興味を損ねてしまう事にもなりかねない・・・

実際、自分が他者の読書感想とかをネット上等で見た時など、そういう風に感じる事もよくあるので、敢て私の主観とか感想とかは最低限に抑え、この和智正喜版の「仮面ライダー」がどういう物であるのかを、多少のネタバレを含みつつその概要を紹介するというカタチで、何度かに分けて書いて行きたいと思います(不定期になるかも・・・ですが(^^;)

まず1回めは、3部作共通の設定とか、概要について。



先ず、この小説の最も際立った特長は、仮面ライダーが本郷猛1人・・・本郷猛ただ1人だけが、ショッカーと戦う力を持つ有一無二の存在として描かれている事です。
但し、仮面ライダーという名は本郷猛1人だけの名前ではない・・・もう1人の、猛にとっては永遠の存在となったある若者との2人の名前だという辺りがちょっと“ニクイ”ところ(本編の紹介の時に改めて書きますが、概ね予想はつくでしょう)

元々この小説は、もし藤岡弘が撮影中に“あの事故”に遭わず、本郷猛が主人公のままで「仮面ライダー」が続いていればどうなっただろうかという“if”の元、そこにこの小説の筆者の和智正喜氏のイマジネーションとアレンジを膨らませて再構築したもので、石ノ森原作版のコミックとも、TVシリーズとも少し違ったものになっています。
元祖「仮面ライダー」を今の時代にリスペクトしたものとしては、映画「仮面ライダーTHE FIRST&NEXT」がありますが、あれが言わば“平成仮面ライダー的な色合いと方向性”で作られたものであったのに対し、この小説は設定や物語にかなり改変やアレンジがあるのは件の映画と同様ながら、どこまでもオリジナルの「仮面ライダー」を、当時の藤岡弘の演じた本郷猛を、強烈にイメージさせるものになっているのが大きな特長でしょう。

また、タイトルにもある様に、この小説は1970年代初頭が舞台となっていて、高度経済成長や浅間山荘事件、オイルショックとトイレットペーパーの買い占め騒動等の当時の世相や、夜の繁華街や工場地帯の淀んだ空気、開発途上の新宿副都心や起訴工事が始まったばかりの池袋サンシャイン等、当時を感じさせるキーワードが物語の中に巧みに盛り込まれていて、あの時代を知らない人間でも問題なく楽しめはしますが、当時を知る世代、リアルタイム直撃の「仮面ライダー」世代の者には、皮膚感覚で当時が蘇ってくるようで、より感慨深く“あの時代を戦った”本郷猛=仮面ライダーに思いを馳せる事に一役担っていると言えるでしょう。

そして、ある意味ライダー以上に特筆すべきは“ショッカー”の描かれ方。
この作品においてショッカーは、世界制覇を企む悪の秘密結社どころか、ある意味既に世界を制覇している存在として描かれてます。
古の時代から戦争や政治にも深く関わり、世界を影で操ってきた存在、そしてそのための先兵として改造人間を開発してきた・・・ま、どちらかと言えばブラックゴーストに近いイメージですかね?

但し、ショッカーは影で世界を操る傍ら、戦争によって地球や人類が壊滅的な方向に向かう事を幾度も回避してきた。
キューバ危機にショッカーの関与がなければ核戦争が始まっていた、第二次対戦の時ショッカーの介入がなければ、日本にはあと3発原爆が落ちていた・・・
ショッカーの存在はある意味人類を護っている、言わば“必要悪”としての存在。

ショッカーが改造人間を作るもうひとつの目的は“命を守る”ため。
ショッカーの命の理念は生と死は同等であり、生と死は平等に美しい・・・だからこそ、生きる命も死ぬ命も同等に守るため、その意味を追求するために改造人間を作り続けて行く・・・

しかし、その目的の段階でショッカーは人を踏みにじる。

ショッカーの一方的な理念の為、罪もない人の命や幸せが奪われ、脅かされる。
それは、決して許される事ではない・・・

そして、そんな人を守るためにショッカーと戦うのが、本郷猛=仮面ライダーなんですな。

この小説版では、ライダーの目的は“ショッカーを倒す為”ではない(そんな事は不可能だと分かってる)
ただ、そうやって踏みにじられる命を1人でも守る為、ショッカーを“倒す”のではなく、ショッカーと“戦い続ける”のが、本作におけるライダー像。

賢明な方なら気付かれたかも知れませんが、そう正に“独り行き、1人でも守る”という、仮面ライダーの“本質”が貫き通されているのが、この小説の最も大きな魅力と言えるかも知れません。

更にもうひとつ、忘れてならないのが“アンチショッカー同盟”の存在。
この作品では、アンチショッカー同盟はショッカーの被害者組織などではなく、ショッカーと同等以上の組織力を持った、文字通りショッカーと対立する影の秘密結社として描かれます。
ただ、それは決して“正義の組織”などではなく、ショッカーと戦い、あわよく勝利したなら、数十年先を行く優れた科学力や技術、もしくは組織そのもを乗っ取って、ショッカーに成り代わろうとする、ある意味ショッカーより悪質な存在だったりします。

しかし、敵対しあう間柄でありながら、互いの利害の為には協力しあったり、情報を流しあったりもすると言う面もみせたりで、まぁ、例えは変かも知れませんが、与党と野党、自民党と民主党みたいな関係なのかな?(^^;

そしてショッカーと戦う為に、そんなアンチショッカー同盟に、力を貸しつつ実は利用しちゃってる辺りの“したたかさ”も、本作の本郷の魅力かも知れません(笑)

そういった世界観の中、繰り広げられる物語。
それが、この小説版「仮面ライダー1971-1973」です。

この段階で興味をもたれた方、今すぐ大きな本屋かアマゾン、または7&yとかに、急げ!

仮面ライダー 1971-1973

石ノ森 章太郎 / エンターブレイン


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by yaskazu | 2009-03-02 01:11 | 仮面ライダー | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from 埴輪の寝言 at 2009-03-04 16:10
タイトル : 読了
仮面ライダーの小説を読み終わるのに1週間程かかり、感想をまとめるにも日にちがかかった。予想外に時間のかかるものである。さらに、普段筆不精の埴輪が読者カードのはがきを書いたりしていたら、余計に遅くなった。 前作から6年、待たされただけの価値はあった。テレビ... more
Commented by 埴輪 at 2009-03-05 15:48 x
やっと読み終わって、和智氏のブログに行ってきたのですが、(電波投げ)は思いつきませんでした。まだまだ未熟です(笑)
Commented by yaskazu at 2009-03-05 20:32
>埴輪様
あ、あちらにも行かれましたか(^^;

あの小説、注意深く読んでいると色々なところでニヤニヤなネタがいっぱいふってあります。
その脚色の仕方とか、さじ加減がね、もう絶妙なんですよ!
そういうところを探しながら読んでみるのも、楽しめますよ(^^)
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